海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
私が浮游の正面に立ち、昨日のお返しだと言わんばかりに⋯矢先を彼にむけて。
フェイシングのマルシェ・エ・ファント の如くステップして、突きを繰り返す、そんな戯れを⋯した時だった。

グレーの瞳に⋯宿った本能は。己の目前にやって来た矢、そのもの全てを。
瞬時に―⋯溶かしていった。

どう考えても。目がバッチリ合っている。
焦点が⋯合っている。

おお、何と怖いことか。
氷結した色彩が⋯灰色のソレを覆い尽くしているではないか。



「試合、終了。有昧王、動かないでください」

「⋯⋯⋯」

「名付けて【今、何時(なんじ)?】の陣。王よ、この陣をどうぞ空へと浮かべてください」


浮游は目だけを動かして、私をギロリと睨む。
けれど、己の身に何が起きたのか?ソレを理解するには、従わざるを得ぬのだろう。

空のスクリーンには、私が描いたその順を辿り、早送り再生していくかのように⋯徐々に、線と点とが繋がって。
巨大な陣が―⋯描かれていった。

扇になるにはほど遠く、45℃ほどの半端なものであったが。


「これは⋯、時を記した記録です。貴方の、動きもしない影をなぞり、その頂点で貝を起き打刻しました」


「⋯⋯⋯」

「有昧王。貴方は寝ていましたね?これが、その証拠です。日時計ならぬ⋯王時計(おうどけい)

彼を中心に置いた、(かげ)の軌跡。
白夜だからこそ、できたであろう完璧な包囲網。


自分の影が利用されるなどとは、露にも思ってなかったでしょう?

「⋯⋯⋯」

彼は空を見上げて。
雄大なるその陣を―⋯止観していた。

この時代―⋯どうやって時間を知り得たのかは知らないが、こんなに長時間を寝た、と、コレが顕著に表している。

人には、まるで自分は寝ることもない神のような存在であるように見せかけておいて。どう?その尊厳を、少しは削いだのでは?


すると⋯、どうだ。
王はゆらりと立ち上がって。私の方へと顔を向けると、静かに⋯口を開いたのだった。


「【土珪(どけい)】、だと?地の理と天の時とをなぜ私に⋯」

と、その時であった。

波を打つ大きな音が聞こえたかと思うと、一瞬にして⋯その慟哭を、頭から丸ごと浴びて。
引き潮が去る頃には、ずぶ濡れになった私達二人は―⋯

黙ったまま、ただただ見つめ合うのであった。



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