一夜だけの恋も、重い愛もいりません。〜添乗員しづの恋
 「お……」
 
 起こそうと思ったけれど、完全に寝入ってる顔を見たらそれもできない。
 一人分空けていたのが仇となって、桑崎はキツイ態勢でもたれかかっている。
 
 俺は、少しだけ寄って桑崎の体の支えになった。
 すると、ぐんと、桑崎の顔と匂いが近くなった。
 
「ありゃ、夜間工事で通行止めだった。すんません、迂回します」
 
 タクシーの運転手が、暗闇に光る赤灯を見て急遽Uターン。
 桑崎の頭がガクン! と肩から落ちて俺の太股を枕にした。
 
 女の体温が、足に広がっていく。この時ばかりは、理性が一瞬にして飛んだ。

 
 ″帰りに変なことしないでくださいね ″

 三宅の言葉が頭を過ったけれど、それは直ぐに何処かに消えた。

 こんな事態でも起きない無防備な桑崎。
 その首と肩の下に腕を入れて、座る態勢に戻しながら、薄くて、それでも柔らかそうな唇に見とれる。
 
 半開きになった口から白い歯が覗いて、今にも何か語りだしそうだった。
 
 起きるなよ。
 
 そう願いながら、一瞬だけ、自身の唇を被せるように落とした。
 
 無味で冷たい感触だった。



< 177 / 316 >

この作品をシェア

pagetop