一夜だけの恋も、重い愛もいりません。〜添乗員しづの恋
 その翌日。
 スーツではなくカジュアルな服装でボストンバッグを持って出る私を、母が呼び止めた。
 
「珍しく、旅行?」
 
 仕事ではなくプライベートで遠出するのは久しぶりだからだ。
 
「旅行ではないけど、この前の仕事先に忘れ物してて」
 
 言いながら、仏壇に線香をあげる。
 
「そんなの宅配便で送ってもらえば済む事じゃないの?」

「それで済まないから出向くのよ」
 
 南部観光の制服を着た遺影のお父さんは、少し険しい顔をしている。
 
 大丈夫よ。
 お母さんを心配させるようなことは、もうしません。
 
 恋愛なんて、結婚しなければ親をヤキモキさせてしまうだけ。
 
 だから、期待させてしまう間は、もうしない。
 
 それなのに。
 
 
「行ってきます」
 
 岡田との待ち合わせ場所に向かう私は、どことなく軽やかで、浮き足立っていたように思う。



 
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