一夜だけの恋も、重い愛もいりません。〜添乗員しづの恋
「へぇ……そんなに少ないの?」
 
「あぁ、戦時中に消失したり、元々、日本の風土に合わなかったんだと」
 
 ……詳しい。
 さすが元添乗員。
 
 岡田は、時折、雪のように舞い降りてくる花弁を見上げて言った。
 
「この桜なら、蛯原が言ってたジンクスもやりがいがありそうだ」
 

 ″満開の桜の木の下で愛を誓い合うと幸せになれる ″
 
 ″桜の花びらが地面に落ちる前にキャッチしたら恋の願いが叶う ″
 

「あー…。でも、確かあなた、″しょうもなっ ″って言ってましたよね?」
 
  岡田が、フッと笑って私の手を取った。
 
「その耳は、小さいくせに地獄耳か」

「………あ、え?」
 
 いきなり手を引っ張られ、岡田の腕の中に収まった私は、吸い込まれるように唇を合わせてしまった。
 
 誰も見てはいなかったけど、周りには他の客がいる。
 こんなの、岡田らしくないかも。
 
「………急にどうしたの?」
 
「え? だからジンクスだろ? 桜の木の下でキスしたら老後まで一緒にいなきゃいけない、または、落ちてくる桜の花弁を口でキャッチしたら一生、金に困らないって」
 
「全く内容が変わってますけど」
 
 良くもまぁ、そんなロマンの欠片もないジンクスに作り変えたものだ。
 
 ″いなきゃいけない ″なんて、罰ゲームみたいじゃないの。
 
 岡田の顔を見たら、いつもは鋭い目を少しだけ垂れさせて私に向けていた。
 
「お前の母ちゃん、ソックリだったな。目も鼻も口も小さくてコケシみたいだった」
 
 コケシ………。
 
「私の親までけなしますか?」
 
「そうじゃない、けど」

「………けど?」
 
「俺はお前がああなる過程を、そばで見ていたいって思ったんだ。きっと、飽きないだろうなって」
 

 
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