一夜だけの恋も、重い愛もいりません。〜添乗員しづの恋
 呼吸荒く、身勝手な事を言いながら、ゆとりのある浴衣の胸元に手を入れてくる。
 そんな木下さんからは、穏やかな父親想いの顔は消えていた。
 
 湿った掌が、胸の膨らみに触れた。
 こんな人に触られる為に泥パックしたんじゃないのに。
 
「頼む! 暴れないでくれ!」

 大柄な木下さんは、酔っていても力は強い。
 もがいても、どんなに暴れても、その腕からは逃げられない。
 
 そのうち、浴衣が肩からはだけて、羞恥に思わず身を屈めた瞬間、布団に押し倒された。
 
 木下さんが、恍惚した目で私を見下ろしている。
 
「添乗員さん、ちょっとだけ俺の母さんに似てるなぁ……、俺、母親似なんだよ」
 
 はい?!
 聞き捨てならないけど、そんなことはどうでもいい。
 
「なら、思い止めてください! こんなことしたら亡くなったお母さまが悲しまっ……っくっ!……」
 
 全部言う前に唇を塞がれ、ニンニク臭で窒息しそうになる。
 
 仕事も精一杯やってるし、こんな理不尽な目に合う理由もない、悲しいのは私だ――
 
 抵抗虚しく、浴衣の帯をほどかれたその時。
 
 コンコン!
 と、ドアが遠慮がちに叩かれた。
 
 天の助けだと思った。
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