一夜だけの恋も、重い愛もいりません。〜添乗員しづの恋
 公園での食事処での昼食。
 
 釜飯があるランチのため時間が限られているせいか、添乗員も同じ部屋の隅に、食事を取る席が設けられていた。
 
 残念ながら、俺は近くの席ではなかった。
 
 店員が食べ方の説明をした。

 「火が消えてから、5分ほど蒸らしてくださいねー、でないと米粒が硬いです」
 
 客たちがおかずから食べ始めて、桑崎さんはお茶が不足してないか見回っている。
 すると、
 
 「あっっ!!」
 
  男の短い悲鳴が聞こえてきた。
  椅子で食事をしていた、足の悪い高齢者が、テーブルの膳ごとひっくり返してしまったようだ。
 
 「親父! なにやってるんだよ!」
 
 その息子が周囲を気にしながら、その失態をなじっている。
 
 「あらあら」
 
  隣の主婦グループが片付けを手伝っていた。
 
 「いやぁ、すんません、手が滑ってしまって……」
 
 「スミマセーン! これ、替えて貰えますか?」
 
 息子が店員を呼んで、替わりの料理を頼むも、店側は渋い顔をして首を横に振っている。
 
 「直ぐには無理です、だから予約制なんですよ」
 
 そりゃあ、そうだろ。
 釜飯なんて。
 聞いていて、どちらも気の毒になった。
 
 慌ただしい店内を見回すと、桑崎さんが何かを店員に耳打ちして、頷いた店員が、桑崎さんの手を付けていない食事の膳を引いていた。
 
 そして、それを一旦、外に出してから、
 
 「代わり、ご用意できましたー」
 
 ひっくり返した客の元へ置いていた。

 「あ、ありがとうございます、本当に申し訳ない」
 
 「何だよ、直ぐに出来るんじゃんかよ」
 
  父子は、ホッとした様子で昼飯を食べ始める。
 
 桑崎さんは、汚れた畳やテーブルを店員と一緒に拭いて、客に火傷やケガがないか確認していた。
 
 そして、安心した顔をして、また急須を片手に給水係に戻っていた。
 
 添乗員って、そこまでやるのか?
 あの人、凄いな。

 感心した俺は、昼飯を食べ損ねた桑崎さんに差し入れをすることにした。


 
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