重力圏外のプロポーズ、軌道修正は不可能です~宇宙飛行士は恋に不器用~
カフェ・ルミエールの朝は、焼きたてのスコーンの香りから始まる。
バターと小麦の甘い匂いが、まだ静かな店内にふわりと広がってゆく。
「結月ちゃん、今日のレモンケーキ、いい感じに焼けてるね」
厨房の奥から顔を出したのは、店長の黒谷 佐知子。
白髪混じりの髪を後ろで一つに束ねた、穏やかな笑顔の女性だ。
「そうなんですよ! レモンの皮を少し多めに入れてみたんです」
「うんうん、香りが立ってる。お客さん、きっと喜ぶわよ」
結月は小さく頷き、ケーキの仕上げに粉砂糖を振りかけた。
その手つきは丁寧で、どこか祈るようでもあった。
『今日も、誰かの心が少しでも和らぎますように』
カフェ・ルミエールは、都内の住宅街にある小さな店だ。
派手さはないけれど、木の温もりと手作りの味を大切にしていて、常連客が多い。
この場所は、結月にとっての“安全圏”だった。
誰も踏み込んでこない、静かで優しい時間。
だからこそ、彼女はここが好きだったのだが……。
「おはよう、結月ちゃん」