重力圏外のプロポーズ、軌道修正は不可能です~宇宙飛行士は恋に不器用~

 午後のカフェ・ルミエールは、昼の喧騒がひと段落し、穏やかな空気に包まれていた。
 窓から差し込む光が、木のテーブルに柔らかな影を落としている。

 星野 昊は、店内の隅の席に静かに座っていた。
 黒のジャケットに身を包み、背筋を伸ばしたまま、手元のスマートフォンを見つめている。
 静かに佇む彼だが、その内側では僅かな苛立ちが沸々と湧き起こっていた。

(——時間厳守が基本だ)

 お見合いの約束は午後二時。すでに十五分が過ぎていた。
 連絡もない。
 電話にも出ない。

 昊は深く息を吐いた。
(任務のための結婚。形式的なものでいい。ただ、条件を満たすための“相手”が必要なだけだ。感情は要らない。効率的に、淡々と進めればいい。だが、現実は思い通りにはいかないらしい)

「……お代わり、いかがですか?」

 ふと顔を上げると、窓際の席に座っている男とさっき話していた女性だ。
 接客中の声も仕草も、妙に印象に残っている。
 胸元の“結月(Yuzuki)”と書かれた名札が目に留まった。

 昊は一瞬だけ間を置いて、真顔で答えた。

「……はい。補給は重要ですから」
「……?」
「カフェインの摂取は、集中力の維持に効果的です。特に、待機任務中は」
「そ、そうですか……。では、注ぎますね」

 結月は少し戸惑いながらも、空いたカップに静かにコーヒーを注いだ。
 その手つきは丁寧で、どこか祈るようでもあった。

 昊は彼女の手元をじっと見つめながら、心の中でひとつの仮説を立てていた。
(この人は、重力を持っていそうだ)

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