身代わり令嬢の、おしごと。
麗奈に案内されたのは、店の裏に停まっていた黒い高級車だった。
花は一瞬、足を止める。
自分が乗っていい車じゃない、と本能が訴えていた。

「……本当に、少しだけだから」

そう言われ、恐る恐る後部座席に乗り込む。
ドアが閉まると、外の音が遠ざかった。
車内は、静かだった。
革の匂いと、ほのかに甘い香水の香り。

「驚いているでしょう」

麗奈は向かいに座り、脚を揃えて微笑む。

「でも安心して。拉致でも詐欺でもないわ」

「……それ、安心できません」

思わずそう返すと、麗奈は小さく笑った。

「正直ね。嫌いじゃないわ、そういうところ」

花は眉をひそめる。

「単刀直入に言うわ」

麗奈は、姿勢を正した。

「あなたに、お願いしたい仕事があるの」

「仕事……?」

「ええ。
それも、期間限定で」

麗奈はバッグから一枚の写真を取り出し、花の前に差し出した。
そこに写っていたのは、豪奢な屋敷と――
スーツ姿の、ひとりの男性。
冷たい目をした、整った顔立ち。

「この人は、私の婚約者。
柊(しゅう)」

花は写真から目を離せなかった。
なぜか、胸の奥がざわつく。

「あなたには、この屋敷で――」

麗奈は、はっきりと言った。

「私の身代わりになってほしいの」

一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

「……身代わり?」

「そう。私の代わりに、
“令嬢・麗奈”として、そこにいてほしいの」

花は、思わず笑ってしまった。

「無理です。
顔が似てるからって、そんな……」

「できるわ」

即答だった。

「だって、あなたと私は――
他人が見分けられないほど、そっくりだもの」

麗奈の視線が、花を射抜く。
逃げ道を、完全に塞ぐように。
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