ヤンデレ腹黒な仮面作家は激重な執着溺愛を隠さない
1 サプライズプロポーズ



 嫌なことを思い出しちゃった。
 星森耀理(ほしもり ひかり)は満員のエレベーターの中、目の前の背中を避けてそっと息をつく。
 三年前の通り魔みたいな男から受けた恐怖は今でも生々しい。

 さらには一週間ほど前、解英社の営業である彼氏と親友——いや、元カレと元親友からとんでもない爆弾をくらったことを思い出して、気分はどん底まで沈む。
 だめだめ、せっかくの日に。嫌な思い出は全部、記憶の墓場に埋めてしまおう。

 エレベーターが十一階に到着すると、前の人に続いてフロアに出る。デパートのワンフロアを使って展開されているこの加古屋(かこや)書店は平日でも賑わっている。
 ざわめきとともに視界いっぱいの本たちが目に入る。色とりどりの表紙がにぎやかで、印刷と紙の匂いが鼻孔をくすぐり、それだけで胸がときめく。

 ここが耀理の職場だが、今日のシフトは休みだ。
 であるにも関わらず来ているのは、大好きな作家『|月見猫千夜《つきみねこ せんや』の最新作『天空監獄の姫君は月光騎士団長の独占愛にさらわれる』の第二巻の発売記念となるサイン会だからだ。
 この作品は昨年の第一巻の発売と同時に重版とシリーズ化、アニメ化が決定した人気作だ。

 今日はおりしも耀理の三十歳の誕生日であり、そんな日に彼の初のサイン会なんて運命的だし、月見猫千夜(かみ)から自分への誕生日プレゼントのようで、癒される。
 サイン会が休みとかぶっていると知ったとき、最初は焦った。シフトは他の人の都合もあるから安易に変えてくれとも言えない。店長に「休みですけどサイン会の手伝いをさせてください!」とお願いしたら「休みの社員を働かせたら俺が怒られる」と断られて絶望した。

 書店員として控室の彼にお茶出しや案内などができたらどれだけ嬉しかっただろう。せっかくお店に来てくれるのに、それがかなわない。せっかくの彼の初サイン会だというのに。
 落ち込んでいたら店長に「客として来たらいいのに」と不思議そうに言われ、「いいんですか!」と叫んで驚かしてしまった。
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