悪徳宰相様と危険なGAME
3
「期間は、この瓶が宝石で一杯になるまで」
ジャムの空瓶を机の上に置きながら説明したのは、毎日ジェドから贈られた宝石をこの瓶に溜めて行き、一杯になったらゲームオーバーという事。
「因みに、勝敗が決まらなかったら?」
「その時は、私の勝ちです」
「はあ!?狡い!」
「約束を忘れたのは貴方でしょう?そうならないように頑張ってください」
これで想い人が私じゃなかったらどうしてくれんだ。とか、絶対にコイツの鼻へし折ってやるとか。いろんな感情がいっぺんに押し寄せてきて、一旦冷静になる為に屋敷に帰ろうと部屋を出ようとした。
「ああ、最初に忠告しておきます」
「……なに?」
「自慢じゃありませんが、私は狙った獲物は確実に仕留めます。精々頑張って逃げてくださいね?」
まるで勝利宣言のような口ぶりに「こっちの台詞!」と怒鳴りつけて部屋を後にした。
***
屋敷に戻って来たルシルは、真っ直ぐ私室へ向かうとベッドに倒れ込むようにして飛び込んだ。
「ああ~~!むかつく!」
両手足をばたつかせて苛立ちをぶつける。行儀が悪いとか関係ない。今は私の精神状態を維持する方が何よりも大事だとひとしきりばたつかせ、気持ちがある程度落ち着いたところで首にあるネックレスを手に取った。
「なんで私がこんなもの……」
ふとチャームの裏面を見ると、そこには子供が書いたような文字があった。
「なにこれ?イニシャル?」
月日が経っているらしく所々掠れていてよく読めないが、イニシャルの『J』と『L』は読み取れた。まあ、単純に考えて『ジェド』の『J』だろう。残る『L』の意味は分からないが、そんなの私の知った事じゃない。
「……大事なものなのよね。そんなものを簡単に預けてどういうつもり?壊したりなくしたりしたら責任を取れとか言い出すんじゃないでしょうね」
いや……あり得るわ……
「もう!最悪!」
枕に顔を埋めて叫んだ。
「あれぇ?珍しい、荒れてるね。どうしたの?」
顔を上げると、窓の縁から顔を覗かせている男と目が合った。
「レゼ……ここ二階」
「あははは!ベタなこと言うね」
「よいしょっ」と部屋に入ってくるのは、自称殺し屋のレゼル。何年か前に道端で死にかけていたのを助けたら懐かれてしまい、度々こうして顔を見せにやって来る。
漆黒の髪に血に染まったような瞳。頬から胸にかけて蛇の刺青が入っている。こんな容姿だから、使用人達は怖がってレゼルが来ている間は私の部屋には近づかない。
「で?どうしたの?殺して欲しい奴でもいるの?いいよ。誰?」
「簡単に殺すとか言わないで」
「だって、それが僕の仕事だもん。腕がいいって評判だよ?あ、ルシルからは報酬取らないから安心して」
「そういう問題じゃないの」
レゼルが殺し屋だと言うことは薄々感付いている。けど、それを認めてしまうと今の関係のままではいられない。だから未だに『自称』のまま。
「悩みがあるならさ、僕に相談してよ。殺す殺さないは一旦置いておいてさ。僕はルシルに笑っていて欲しいんだよ」
枕の跡が付いた頬を擦るように触れながら一段と柔らかな口調で諭してくる。
「あのね……」
別にレゼルに伝えて解決出来る問題じゃない。分かっているけど、今は誰かにこの苛立ちをぶつけたかった。
「って訳なの!冗談じゃないでしょ!?」
「ふ~ん。それはルシルの言う通りだね」
「でしょ!?」
ジェドに結婚を迫られた事、ゲームを吹っ掛けられた事、全て洗いざらい話して聞かせた。
「そんなに嫌なら僕が始末してあげるよ?」
「それじゃ駄目よ。私はあの人の悔しがる顔が見たいの。売られた喧嘩は最後まで責任を持つわよ」
「ふはっ、君らしいね」
レゼルは笑っているが、少し不満そうではあった。ようやく自分が頼られる時が来たと思ったのだろう。
見た目はこんなだけど、誰よりも私を心配してくれている優しい人。
「殺しは駄目だけど、相談には乗ってくれる?出来れば助言とかも欲しいかも」
「お安い御用だよ」
レゼルの身の軽さは何度も目にして確認済み。あれだけ身軽なら、ジェドの背後に立つのも容易いはず。
ジェドも快く承諾してくれた。
「じゃあ、僕そろそろ帰るね」
「え?まだお菓子食べてないじゃない」
いつもなら一緒にお菓子を食べて、他愛のない話をして行くのがお決まりだったのに、今日は菓子にも手を付けていない。
「うん。ちょっと用事を思い出しちゃってさ。またすぐ来るから、その時に食べるよ」
「え、ちょっと!」
「じゃあね!」
引き止める声も無視して窓から飛び降りると、あっという間に姿を消してしまった。
「ジェド・ブラケットか……」
ルシルの屋敷を出たレゼルは、城が見える丘で望遠鏡を片手に呟いた。
ジャムの空瓶を机の上に置きながら説明したのは、毎日ジェドから贈られた宝石をこの瓶に溜めて行き、一杯になったらゲームオーバーという事。
「因みに、勝敗が決まらなかったら?」
「その時は、私の勝ちです」
「はあ!?狡い!」
「約束を忘れたのは貴方でしょう?そうならないように頑張ってください」
これで想い人が私じゃなかったらどうしてくれんだ。とか、絶対にコイツの鼻へし折ってやるとか。いろんな感情がいっぺんに押し寄せてきて、一旦冷静になる為に屋敷に帰ろうと部屋を出ようとした。
「ああ、最初に忠告しておきます」
「……なに?」
「自慢じゃありませんが、私は狙った獲物は確実に仕留めます。精々頑張って逃げてくださいね?」
まるで勝利宣言のような口ぶりに「こっちの台詞!」と怒鳴りつけて部屋を後にした。
***
屋敷に戻って来たルシルは、真っ直ぐ私室へ向かうとベッドに倒れ込むようにして飛び込んだ。
「ああ~~!むかつく!」
両手足をばたつかせて苛立ちをぶつける。行儀が悪いとか関係ない。今は私の精神状態を維持する方が何よりも大事だとひとしきりばたつかせ、気持ちがある程度落ち着いたところで首にあるネックレスを手に取った。
「なんで私がこんなもの……」
ふとチャームの裏面を見ると、そこには子供が書いたような文字があった。
「なにこれ?イニシャル?」
月日が経っているらしく所々掠れていてよく読めないが、イニシャルの『J』と『L』は読み取れた。まあ、単純に考えて『ジェド』の『J』だろう。残る『L』の意味は分からないが、そんなの私の知った事じゃない。
「……大事なものなのよね。そんなものを簡単に預けてどういうつもり?壊したりなくしたりしたら責任を取れとか言い出すんじゃないでしょうね」
いや……あり得るわ……
「もう!最悪!」
枕に顔を埋めて叫んだ。
「あれぇ?珍しい、荒れてるね。どうしたの?」
顔を上げると、窓の縁から顔を覗かせている男と目が合った。
「レゼ……ここ二階」
「あははは!ベタなこと言うね」
「よいしょっ」と部屋に入ってくるのは、自称殺し屋のレゼル。何年か前に道端で死にかけていたのを助けたら懐かれてしまい、度々こうして顔を見せにやって来る。
漆黒の髪に血に染まったような瞳。頬から胸にかけて蛇の刺青が入っている。こんな容姿だから、使用人達は怖がってレゼルが来ている間は私の部屋には近づかない。
「で?どうしたの?殺して欲しい奴でもいるの?いいよ。誰?」
「簡単に殺すとか言わないで」
「だって、それが僕の仕事だもん。腕がいいって評判だよ?あ、ルシルからは報酬取らないから安心して」
「そういう問題じゃないの」
レゼルが殺し屋だと言うことは薄々感付いている。けど、それを認めてしまうと今の関係のままではいられない。だから未だに『自称』のまま。
「悩みがあるならさ、僕に相談してよ。殺す殺さないは一旦置いておいてさ。僕はルシルに笑っていて欲しいんだよ」
枕の跡が付いた頬を擦るように触れながら一段と柔らかな口調で諭してくる。
「あのね……」
別にレゼルに伝えて解決出来る問題じゃない。分かっているけど、今は誰かにこの苛立ちをぶつけたかった。
「って訳なの!冗談じゃないでしょ!?」
「ふ~ん。それはルシルの言う通りだね」
「でしょ!?」
ジェドに結婚を迫られた事、ゲームを吹っ掛けられた事、全て洗いざらい話して聞かせた。
「そんなに嫌なら僕が始末してあげるよ?」
「それじゃ駄目よ。私はあの人の悔しがる顔が見たいの。売られた喧嘩は最後まで責任を持つわよ」
「ふはっ、君らしいね」
レゼルは笑っているが、少し不満そうではあった。ようやく自分が頼られる時が来たと思ったのだろう。
見た目はこんなだけど、誰よりも私を心配してくれている優しい人。
「殺しは駄目だけど、相談には乗ってくれる?出来れば助言とかも欲しいかも」
「お安い御用だよ」
レゼルの身の軽さは何度も目にして確認済み。あれだけ身軽なら、ジェドの背後に立つのも容易いはず。
ジェドも快く承諾してくれた。
「じゃあ、僕そろそろ帰るね」
「え?まだお菓子食べてないじゃない」
いつもなら一緒にお菓子を食べて、他愛のない話をして行くのがお決まりだったのに、今日は菓子にも手を付けていない。
「うん。ちょっと用事を思い出しちゃってさ。またすぐ来るから、その時に食べるよ」
「え、ちょっと!」
「じゃあね!」
引き止める声も無視して窓から飛び降りると、あっという間に姿を消してしまった。
「ジェド・ブラケットか……」
ルシルの屋敷を出たレゼルは、城が見える丘で望遠鏡を片手に呟いた。


