妹に代わり泉に身を投げた私、湖底の街で愛を知る 〜虐げられた私が幸せを築くまで〜
「終わったか」

 ノアとエーヴァが顔を出してから一時間ほど経った頃。街から陽気な音楽や喧騒が聞こえてくる。どうやら祭りが開始されたようだ。
 アダンは椅子の背もたれに寄りかかり、街から聞こえる音を静かに聞いていた。こんな穏やかな心持ちで祭りに想いを馳せることができるのは、いつ振りだろうか……と。
 その口元は嬉しそうだ。

 アダンの机に置かれていた書類は綺麗さっぱり無くなっていた。予定では昨日全て終わる書類だったのだが、当日まで延びてしまったことを反省する。しかし、思った以上に早く終えることができたので、アダンは胸を撫で下ろした。

「さて、二人の元へ向かうか」

 そう呟いて立ちあがろうとした時、ふと指に硬い何かが当たった感触があった。見てみると、そこには引き出しにしまってあったはずの首飾りが置かれていた。
 疑問に思いながらも、その首飾りを引き出しにしまおうとして……彼は手を止めた。そして、おもむろに後ろの鎖を外し、首へと掛ける。

 これは最初にエーヴァへと首飾りを購入した時、揃いで購入した物だ。
 エーヴァは水色しか目に入らなかったから気づいていなかったが、これは元々ふたつひと組で売られていた物だった。
 そう店員に言われたアダンは、「折角だから」と購入したのだが……彼女にその話をすることができず、今まで仕舞い込んでいた。

 飾りに使われているのだ宝石を見て、アダンはエーヴァを思い出した。
 先ほどここに立ち寄ったエーヴァの姿が思い起こされる。水色のワンピースにつばの広い水色の帽子、そして胸元にはアダンが贈ったふたつの装飾品。

 まるで彼の瞳の色を纏っているように見える姿で現れた彼女を見て、胸が高鳴ったのを隠すのに必死だった。
 そういえば、イルゼがニヤニヤとこちらに面白そうな笑みを見せていた時があったのだが、きっと彼女の姿を見た自分が、何を思うのか……を楽しんでいたのかもしれない。

 アダンは彼女の表情を思い出し、片方の口角が引き攣る。そんな時、執務室の扉が開いた。

「レナートか」
「アダン様、その様子ですと仕事は終えたようですね」
「ああ、レナートは?」
「私も引き継ぎを終了いたしました。これから今夜の催し物の確認に向かいます」

 どうやらその報告のためにアダンの元へとやってきたようだ。

「最後まで悪いな、レナート」
「いえ、アダン様はお二人とお祭りを楽しんでくださいませ」

 そう告げて頭を下げるレナートに、アダンはお礼を告げる。

「それじゃあ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」

 アダンはレナートに見送られ、城の外へと向かう。その背中をレナートは微笑みながらも、感情のない瞳で見送った。
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