訳あって、お見合いした推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
~プロローグ~

 砂漠のオアシスとアラビアの宮殿を融合させたラグジュアリーな外観が目を引く、ドバイでも屈指の五つ星高級リゾートホテル。

 ライトアップされ七色の光彩の中に浮かび上がった荘厳な建物は、宮殿にしか見えない。

 それをゆったりと紺碧色のプールが取り囲んでいる。水面には、夜空に浮かぶ黄金色に煌めく月がゆらゆらと揺らめいている。

 ランプの妖精に魔法でもかけられたかのようなロマンティックな雰囲気が漂っている。

 素敵なアラビアンナイトを想起させるホテルの、これまた豪華で広々としたベッドルーム。

 中央には、天蓋付きのキングサイズのベッドがドドンッと設えられている。

 その上で、杏璃《あんり》は旦那様となったばかりの央輔《おうすけ》を前に、大いに狼狽えていた。

「あの、確認なんですが。〝初夜〟って、夫婦になったばかりの男女が子どもをもうけるために営む、あの、初夜のことですよね?」
「ああ。それ以外に何があると言うんだ?」
「いえ、その、それ以外にないんですけど……!」
「なら、夫婦なんだし、問題ないんじゃないか」

(――いやいやいや、大ありです! だって、私たちは、利害一致の〝ソロ活婚〟をしただけなんだから、初夜なんて必要ないと思うんですけど……)

 心中で盛大なツッコミを繰り広げるも、おどおどしどおしである。

 だというのに、この男は、匂い立つほどの色香を振り撒きつつ、やけに熱っぽい眼差しで見下ろしてくる。

(な、何だろう? この、狙った獲物を仕留めようとしているハンターのような目つきは……。も、もしかして、このまま食べられちゃうの? え、けど、女には興味がないんじゃ……)

 杏璃が思考を巡らせている隙に、ゆっくりじりじりと距離を詰めてくる。視線が交わった刹那、見目が整いすぎているせいか一見冷酷にも見える、切れ長の双眸が甘く眇められた。

 あまりに現実とかけ離れているせいか、その様をぼんやりと見つめることしかできない。

 無理もない。これまでの人生において、キスどころか恋愛経験さえないのだから。といってもたかだか二十三年と三ヶ月程度なのだが……

 ぼんやりしていると、彼の薄い唇が杏璃のそれへと優しく重ねられていた。

 こういう行為に不慣れな杏璃を気遣ってくれているのだろうか。

 そうっと優しく杏璃の反応を窺うようにして、幾度も唇の表皮を撫でながら甘く啄み続ける。唇に愛撫を施すように丁寧にゆっくりと。

 何だか焦らされている気がして、もっともっとと強請りたくなる。

(――央輔さんとこんなにエッチな大人のキスしてるなんて、信じられない。それに何だか気持ちいい)

 強張っていたはずの杏璃の身体から力がゆるゆると抜けていく。

 口からは甘い喘ぎが零れ始めた。

「あっ、……んぅ、ふ、ぅ」

 杏璃の唇のあわいから彼の熱くぬるついた舌が差し込まれた。それを境に、キスは濃厚さと甘さを増していく。

 歯列をなぞり、口蓋を舌先で擽り撫でまわされる。

 央輔が拙い杏璃のペースに合わせてくれているおかげだろうか。辛うじて息継ぎはできる。

 だがどういうわけか頭がぽーっとして思考が覚束なくなってきた。

(もしかして、さっき飲んだカクテルが効いてきたのかな)

 何だかふわふわしてとてつもなく心地がいい。

 陶然となった杏璃は、無意識に彼の広い胸にぎゅっとしがみつく。

 すると杏璃の様子を案じた央輔が優しく問いかけてくる。

「どうした? 苦しいのか?」

 甘いキスが名残惜しくて、杏璃は素直な気持ちを伝えてしまう。

「あっ、いえ、気持ちいぃ……です」

 杏璃の反応が意外だったのか、央輔は一瞬だけ目を瞠ると意味深な台詞を口にした。

「……感じやすいんだな。だったら、もっとよくしてやらないとな」

 いつもと変わらず無表情なのに、心なしか嬉しそうに見える。

(――へ? それってどういう……)

 彼の言葉の意味をはかれず逡巡していると、バスローブの胸元を大胆に曝かれてしまう。

 露わになった胸の膨らみを両の手で捉えられてしまった刹那。

「やっ、ちょ――あっ、やぁん……!」

 自身が出したものとは思えない、やけに甘ったるい嬌声を放っていた。

 羞恥を覚えても、自分ではどうすることもできない。

「いい声で啼くんだな。もっといい声で啼かせたくなる」

 蕩けた意識に、欲情に駆られた彼の声が蜜のようにとろりと甘く溶け込んでいく。

 そんなタイミングでキスが再開された。キスのリズムに合わせ、彼の大きな手が胸の膨らみを淫らに弄ぶ。

「ふっ、ぁ、ん……んぅ」

 キスと愛撫で翻弄されてしまっては、杏璃にはもう思考するような余裕などない。

 絶え間のない甘美な愉悦の狭間で喘ぎながら、彼の逞しい腕に縋りつくことしかできないのだった。

 確かに東京からのフライト時間――十時間四十分プラス数時間前。この男・鷹村《たかむら》央輔と雅な明治神宮の神殿にて三三九度を酌み交わし、正式な夫婦となった。

 けれどこの結婚には愛などなかったはずだ。

 見合い相手にドタキャンされた者同士、偶然そこに居合わせ、伯母の突拍子もない提案により見合いをすることになった。

 そしてたまたま互いの利害が一致して〝ソロ活婚〟をしたにすぎないのだから。

 幸運なことに、推しにソックリな美貌という、奇跡のようなオプションが付加されていただけ。

 ――それなのに、どうしてこんなことに……

 夫となった彼に、甘く、淫らに、翻弄される杏璃の脳裏には、戸惑いと疑問とがひしめき合っていた。


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