訳あって、お見合いした推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
降って湧いた縁談話
季節は三月中旬。
厳しい冬の季節を耐え抜いた桜の蕾が綻び始めた今日この頃。寒さも緩み過ごしやすい陽気になってきた。
朝から各局の情報番組のリポーターが競い合うように開花予報に明け暮れている。それを横目に、杏璃は、風情もへったくれもない呟きを胸の内で零していた。
(桜は綺麗だと思うけど、時期になったら咲くんだから、そこまで騒がなくても)
美しい花を愛でて楽しむより、ひとりでのんびり大好きな推しを眺めているほうが有意義に思えてならない。
テレビの液晶画面から壁に視線を移すと、推しの特大ポスターが神々しい光を放っている。
「……はぁ、いつ見ても素敵だなぁ」
お祈りポーズを決めて推しを愛でる杏璃の頭からは桜のことなど瞬時に霧散していた。
少々残念な杏璃だが、特殊な事情を除けば、ごくごく普通の幸せな家庭で、愛情を注がれて育ってきた。見た目もごくごく普通のどこにでもいる平凡な容姿をしている。
だが決して素材が悪いわけではない。
一五六センチという小柄な体型だが、それなりにバランスのとれたスタイルをしている。
容姿にしたって、色白の小顔に、長い睫に縁取られた円らな瞳。こぢんまりとした愛らしい鼻に慎ましやかな唇。それらが絶妙なバランスで配置されている。
色素の薄い陶然とした肌は艶めいて美しく、黒目がちな瞳は濡れたように潤んでいる。ミディアム丈の赤みを帯びた黒髪には緩い癖があり、柔和な雰囲気を醸し出している。
しかし、お洒落にはまったく興味がなく、素材を活かし切れていない、残念な杏璃である。
目立ちたくないからでもあったのだが……。幼稚園から短大まで名門の女子校に通っていたからでもある。
五つ違いの双子の従兄が杏璃可愛さに過干渉気味だったのもあり、異性がよりつく隙もなかった。
異性はおろか、同性の友人さえも遠のいていった。
そんな杏璃にとっての日常は、刺激もなく、ひどく退屈に思えてならなかった。
昔から好きだった恋愛小説やコミックスに登場するような素敵なヒーローがいつか現れて、退屈な日常から救い出してくれるに違いない――そんな願望を胸に秘めていた。
杏璃の願望も虚しく、二十歳になっても、恋愛経験すらない有様だった。
このままでは、短大卒業と同時にお見合い結婚なんてことになりかねない。
ならせめて、一度くらい従兄の目の届かない外の世界に出ようと、就職して社会に出ることにした。だが、待っていたのは推しとの出会いだった。
推しとの出会いは三年前。
Webサイトで投稿されていたあるファンタジー小説がコミカライズを経てアニメ化され爆発的ヒットを博し、現在第二期が放送されている。
その登場人物である「氷のプリンス」こと「アーサー王子」の麗しい美貌に魅入られてからというもの、推し活を満喫している真っ最中である。
以来、推しキャラ・アーサー王子にすべてを捧げている。
もうすぐ二十三だというのに、高邑杏璃には、未だ浮いた話のひとつもなかった。
子どもが好きだった杏璃は保育士として働いている。
休日になれば、傍目もあるので(表向きには)近頃流行のおひとり様時間を満喫するソロ活と称して、推し活に興じる日々を送っていた。
職場である保育園にも男性職員はいるのだが、杏璃の心に淡い恋心を抱かせるような相手などひとりもいなかった。
杏璃自身、恋愛に憧れを抱きつつも、三次元の世界には理想の相手などいない。そう思いとっくに諦めていたのだ。
結婚など考えたこともなければ、したいと思ったことも一度もない。
そんな杏璃の元に、突如縁談話が舞い込んできたのである。
――お見合いなんてしたくない!
というのが本音だが、仕方がないとも思う。
現に、今も推しのことしか頭になく、どこかふわふわしているのだ。このままでは行き遅れてしまうのではないか、と家族が心配するのも無理はない。祖父と伯母は、女性は結婚し子どもを産むのが一番の幸せだと信じているので、さして驚きはなかった。
だがそれは、ふたりの優しい従兄・海と空を除いての話のようだ。
休日の昼下がり、杏璃は純和風の広い客間で伯父・晴臣から、縁談相手の話を聞かされていた。そこに。
「父さん、杏璃にお見合いなんて、早すぎるんじゃないですかっ!」
「そうですよ! 杏璃はまだ二十二なんですから、空の言う通り、見合いなんて早すぎます!」
杏璃の縁談話を聞きつけたふたりの従兄が現れ、伯父に詰め寄っているところだ。