訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
つい先ほどまでの威勢はどこへやら、杏璃の全ての機能が停止した。もはや抜け殻状態である。いや、魂が抜けて昇天しかかっているといったほうが正しいだろう。
そんな醜態を披露しているというのに、さすがは夢、推しにはそう見えてはいないようである。
氷のプリンス――アーサー王子は呆けた杏璃を前に、眉間に僅かに皺を寄せ、ふむ……と思案する素振りを見せる。そうして形の良い唇が弧を描いたときには、微かに黒い微笑を湛え意味深な言葉を投下したあとだった。
「どうした? アンリ。俺と閨を共にしているというのに、考え事とは、随分と余裕なのだな。だったら、余計なことなど考えられぬように、しないとな」
推しの長くしなやかな指は、放心したままの杏璃の顎を捉え固定する。そうしてあたかも焦らしてでもいるかのように、ゆっくりゆっくりと麗しい相貌が近づいてくる。数十センチだったのがあと五センチ、四センチ、三センチと距離が縮まっていく。
いよいよあと二センチで推しの唇と杏璃のそれとが触れ合うというところで、どこからともなくけたたましい電子音が響き渡った。
(この音って、アラーム? よりにもよってどうしてこんな時に!)
非常に残念だが杏璃の意識は今度こそ覚醒し、現実世界へと引き戻されるかと思われたのだが……
目覚めた場所は推しそっくりの央輔がいるはずのホテルの一室ではなく、自宅にある自身の部屋である。
伸ばした手でスマホを引き寄せスヌーズ機能をオフにした杏璃は、むくりと起き上がった。そうしていつもと変わらぬ部屋の壁にデカデカと貼られた氷のプリンスを見上げた杏璃は、狐にでもつままれたかのような心境だ。
「???」
頭の中にはいくつもの疑問符が飛び交っている。
(もしかして、あの、お見合いもなにもかも全部、夢だったってこと?)
まだ覚束ない思考を駆使して導き出した答えに杏璃が納得する隙など与えないというように、ドアの向こうからノックする音が聞こえてくる。
「……は、はい」
一拍遅れつつも声を放つと同時、杏璃の返事など待っていられないとばかりに、ガチャリと軽快な音を立ててドアが開けられた。そこに晴子がひょっこりと顔を出す。
(こ、このタイミング、嫌な予感しかしないんですけれど!)
心中で毒づく杏璃に対して晴子は、今日も上機嫌である。まるで、洋輔にエスコートされて杏璃を置き去りにした、あの時のよう。
予感めいたものを感じていた杏璃の期待を裏切ることなく、晴子から予想を遙かに超えたビックリ発言が飛び出した。
「杏璃、良かったわね~。昨日お見合いした推しそっくりの央輔さんから、OKのお返事があったわよ~!」
(な、なんだ、夢じゃなかったんだ。って……ええっ? どゆこと?)
おかげで、アレが夢ではなく現実だというのは理解できたのだが、驚嘆している場合ではない。なにせアレからの記憶がまったくないのだから。
状況がまったく飲み込めず困惑しきりの杏璃だった。