訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました


 央輔にそっくりだという氷のプリンス。杏璃が熱を上げている〝推し〟であるらしい。

 推しと瓜二つの央輔を前に、杏璃は恋する乙女そのものだった。

 これまで央輔は、見ず知らずの女に一方的に好意を寄せられることに、薄気味悪さすら覚えていた。

 けれど杏璃に対しては、不思議とそれがなかった。

 これは、杏璃を家まで送り届けた際、家族と接して確信したことだが。おそらく杏璃は、幼い頃より蝶よ花よと大切に育てられたのだろう。

 央輔に対する、双子の兄の、あの、敵意剥き出しの態度を見れば歴然だ。

 そういう環境で純粋培養された杏璃にまっすぐに向けられた、純真無垢な好意だったからに違いない。

(その好意が俺を通して、アニキャラに向いていると思うと、モヤモヤするが……)

 氷のプリンスに似ているせいで、〝美容界の氷のプリンス〟などとふざけた呼称で呼ばれているせいだ。

 そこに、病人を放置できない医師ゆえのサガ。どういう行動に出るか予測のつかない杏璃への興味本位。というような、諸々の要素が加わったのだろう。

(――そうだ、きっとそうに違いない)

 相変わらず気持ちよさそうに熟睡している杏璃の寝顔を前に、うんうんとひとり頷く央輔だった。

 ところが、央輔の葛藤など無駄な足掻きだと嘲笑うかのような絶妙なタイミングで、上着の懐に忍ばせていたスマホがブルブルと震えだす。

 振動にビクッと肩を跳ね上げた央輔は、なんでもない風を装って着信相手を確認し、スルーしてやりたい衝動に駆られた。

 相手が、洋輔だったせいだ。

(……この状況をどう説明すればいい? どう説明しても、面倒なことになる気がする……)

 が、しかし、ここでスルーしてしまっても状況は変わらない。

 はぁ……と重苦しい溜息を零してから画面をスライドさせる。と同時に、洋輔の笑み混じりの声が央輔の耳に届いた。

『央輔、いくら意気投合したからって、あんまり長居はしないように』
「……」

 含みを持たせた言葉に、この状況を見ているのかと疑いたくなったが、おそらくホテルのスタッフにでも探りを入れたのだろう。

 ここは鷹村グループが経営する、勝手知ったる馴染みのホテルなのだから、容易いことだ。だが誤解はいただけない。

 自分は、男だからどう思われようと構わない。けれど、未婚の若い女性にとっては、不名誉なことだ。

 そう思い口を挟もうにも、洋輔の軽口は止まらない。

『相手は、箱入りのお嬢さんなんだからな。ほどほどに切り上げて、ちゃんと報告にくるように。あっ、着付けのできるスタッフに根回しもしてあるし、ちゃんと家まで送ってさしあげるんだぞ。もちろん、ご家族へのご挨拶も忘れないようにな』

 勘違いしたまま一方的に話すと、最後の仕上げだとばかりに念を押してくる。

『くれぐれも、鷹村の名に恥じぬように。頼んだぞ』

 そうして央輔の返事を待つことなくさっさと通話を終えたのである。

 応酬の機会を逸した央輔は、通話に応じた数秒前の自分を呪いたい心境だった。

 だが、このまま誤解されたままでは、杏璃との縁談を進められてしまうだろう。

 この上なく面倒だが、誤解を解くためにも、高邑家に出向くほかない。

 ふいに期待に満ちた晴子の顔が脳裏に浮かび、央輔は本日二度目となる溜息を零しながら暗い面持ちで杏璃を見遣った。

 すると、夢でも見ているのか、幸せそうに桜色の頬をふにゃっとゆるませ笑み崩れているではないか。

(人の気も知らず、いい気なもんだな……!)

 心で悪態をつきつつ、意図せず、柔らかそうな白い頬に触れそうになった央輔だったが、寸前で思い留まる。

(……病人相手に、俺は何をやってるんだ……)

 精神を統一するため、央輔はしばし深呼吸を繰り返した。

 頭には、つい先日執刀した頬の骨切り術での映像を思い浮かべる。

 頬の骨切り術の中でも技術的に難しいとされる、頬骨縮小術である。

 いくら技術を磨こうと、患者のニーズに応えられなければ意味がない。患者一人ひとり、顔面形態やサイズも違ってくる。周囲骨や周囲組織とのバランスだって考えなくてはならない。

 先ずは頬骨の突出部位を正確に示すために皮膚へのマーキングを施していく。

 次に口腔内にメスを入れ術野を確保し、神経組織を傷つけないように注意しながら手術前のプランニングどおり進めて、削骨が終われば仕上げにダイアモンドラスパで慣らすだけ。

 脳内シミュレーションの甲斐あって、煩悩との格闘に勝利した央輔は、穏やかな心持ちで杏璃へと意識を向ける。

 けれど、いくら揺すっても、杏璃に起きる気配はなく……。致し方なく、眠りこけたままの杏璃を姫抱きにした央輔は、重い足取りでホテルを後にした。

 杏璃を送り届ける役目を終えたら、もう二度と会うことはないだろうと思いながら。

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