訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
杏璃を送り届けた央輔は、洋輔への報告のため鷹村美容形成クリニックの院長室へと赴いていた。
待ち構えていた洋輔と応接セットのソファで対峙した央輔は、事の経緯を説明し、たった今誤解を解いたところだ。
だが安堵する間もなく洋輔に水を向けられ、縁談を断るべく言葉の応戦を繰り広げている真っ最中である。
「で、今回の縁談も断りたいと?」
「はい。元々、見合い相手ではありませんし、支障はないでしょう」
杏璃は見合い相手でもないし、本来の見合い相手にはドタキャンされたのだから、双方断っても問題はないはずだ。
自信たっぷりに言い放った央輔に対し、意外にも洋輔は何やら含みを持たせた口振りで異を唱える。
「それが大いにあるんだなぁ」
少々嫌な予感に苛まれつつも、洋輔のペースにのって堪るかと低い声で切り捨てる。
「……いや、ないでしょう!」
「大いにある。天下の鷹村家の御曹司が、見合い相手にドタキャンされたなんて世間に知れたら、いい笑い者だろう。ますます、ホモだのアロマンティックだのいう噂に信憑性が増すことになる」
「たかが噂で、大袈裟な……」
一瞬、拍子抜けしかけた央輔だったが、出方を窺うべく、正面の洋輔に意識を集中させた。
いつもの軽口を交えつつもっともらしい言葉を並びたて、央輔をなんとか自分のペースに引き込み丸め込もうとする洋輔。それを、のらりくらりと躱《かわ》す央輔。
いつもとさして変わらないやり取りに見えるが、だからこそ気が抜けない。
人たらしである洋輔は、口も達者だ。
鷹村グループの後ろ盾があるとはいえ、業界トップの座に君臨できたのは、交渉術に長けていたからでもある。
口八丁手八丁、根回しにも抜かりがない。
おまけに幼少の頃からの付き合いなので、手の内は知り尽くされてしまっている。
そんな洋輔相手に、得意のブリザードを吹き荒らし正面から対抗したところで、央輔には勝ち目などないだろう。
(根負けして、引き下がってくれないだろうか……)
央輔の心の声も虚しく、洋輔は的確に痛いところを突いてくる。
「たかが噂、されど噂だ。火のない所に煙は立たないって言うだろ。鷹村家だけでなく、クリニックの評判にも関わる。嫌なら、本来の見合い相手との話を進めることになるが、それでもいいのか?」
「……」
今回の縁談は、相手にドタキャンされたのだから、当然回避できるものだと思っていた。
それなのに、話がおかしな方向に転がってしまい、央輔は唖然とする。
本来の見合い相手は大物代議士の娘である。
結婚するとなれば、嫌でもその世界に関わることになるだろう。
(――想像しただけで、ゾッとする)
だからって、年が十も離れている杏璃との結婚など、まったくの想定外で想像もできない。
究極の選択を迫られて、もはや言葉も出ない。
とはいえ、このままでは状況は変わらない。振り出しに戻っただけだ。
となれば、央輔に否やは許されない。
今度ばかりは、腹をくくるしかないのだろうか。
暗く沈んだ央輔の脳裏に、何故かふいに杏璃の寝顔が過る。
(こんな時になんなんだ? 消去法で行けば確かにそうなるだろうが、おまえが好きなのは、推しだろ)
心で悪態をついた央輔の意識に、たった今頭に浮かんだ杏璃の名が飛び込んでくる。