訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました


「……協力……ですか?」 

 思わず返した言葉にも、杏璃自身の心境に対する戸惑いが現れていたようだ。

「……ああ。けど、急にこんなこと言われても、戸惑うよな。何の説明もなく悪かった」

 央輔は杏璃の心情を察して気遣ってくれたが、違った解釈だったようなので、問題ない。

 ないのだが、杏璃を気遣い謝罪するという、央輔の紳士的な対応に、どういうわけか、胸が締め付けられキュンと切ない音色を奏でた。

(どうしてこんなにも胸が苦しいんだろう……)

 杏璃が自身の示す反応に戸惑っている間にも、央輔は自身の置かれた状況を語り始める。

「叔父には、女性への苦手意識を克服するためにも、この縁談を進める。そうでなければ、クリニックを辞めて家業を継げと脅された」
「そ、そうだったんですか……」

 央輔にとって、杏璃との縁談は、脅されて仕方なく受けたものであるらしい。

 要するに、杏璃でなくとも受けていたということだ。

 そう理解が及んだ途端、杏璃の胸は、心臓を直接握りつぶされてでもいるかのような、鋭い痛みに苛まれた。

(あぁ、そうか……。央輔さんの顔が推しにそっくりだから、脳が誤作動を起こしてるんだ)

 だから、推しと出会った瞬間と同じ心情にもなったし、央輔の言動にもいちいち反応を示してしまうのだろう。

(なんだ、そういうことか……)

 自身の反応に納得した杏璃が、うんうんと頷いていると再び央輔の声音が耳に届いた。

「そういうわけで、俺と結婚してほしい」

(――そういうわけで、と言われても……)

 頭ではそう思うのに、推しに激似の央輔に面と向かって言われてしまうと、推しにプロポーズされているような錯覚に陥ってしまいそうになる。

 杏璃がぽーっとしかけていると、央輔が言葉を重ねてくる。

 ハッとした杏璃は、錯覚に囚われないように、央輔の話に意識を集中させる。

「安心しろ。俺はアロマンティックだから、恋愛感情を抱く心配もないし、結婚しても干渉するつもりもない。もちろん寝室も別だ。これまで通り、君は〝ソロ活という名目で推し活〟に励んでくれたらいい。その代わり、俺にも干渉しないでもらいたい」

 おかげで、央輔が他者に恋愛感情を抱けないアロマンティックだということ。そして央輔が晴子から杏璃の推し活についても、知り得ていることも把握できた。

 いつもの杏璃ならば、自分がアニオタであると知られてしまったことを気にしただろう。

 だが、それは予想通りだったのでさして驚きはない。そんなことより、央輔がアロマンティックだということに、大きな衝撃を受けてしまっている。

 矢も楯もたまらず、杏璃は大きな声で聞き返す。

「あのっ、アロマンティックって、本当なんですか?」

 杏璃が前のめり気味に迫ったからだろうか。央輔の無表情が一瞬崩れた。

「……へ? あっ……ああ。それが、どうかしたか?」

 心なしか、声にも動揺の色が滲んでいるような気がするが、今はそれどころではない。

 なぜなら、杏璃が推しに抱く好意というのは、手の届かない尊い存在への憧れであり、恋愛のように見返りを求めるような打算的なモノではないからだ。

 それなのに、いきなり現実世界に推しそっくりな央輔が現れ、杏璃の心は掻き乱された。

 あろうことか、不埒な夢を見て、はしたない願望まで抱いてしまった。

 こんな状態で推しとよく似た央輔と結婚なんかしてしまったら、一体どうなってしまうのだろうかという不安もあったのだ。

 万が一にでも、不埒な夢のような状況になってしまったら、杏璃には正気を保っていられる自信なんてまったくない。

 ――下手すれば、即死だ。

 けれど、他者に恋愛感情を抱けない央輔と結婚しても、不埒な夢のような状況になる可能性はない。

 しかも、観賞用として割り切ってしまえば、生涯麗しい推しに激似のご尊顔を愛でられるのだ。

 これほどの僥倖があるだろうか。

(あー、生きてて良かった。神様、ありがとう……)

 天を仰ぎ見て胸の前で手を組んだ杏璃は、いるかもわからない神へ祈りを捧げた。

 その様を目の当たりにした央輔が「何が始まったんだ?」というように怪訝そうな顔で首を捻っていることに、杏璃はまるで気づかない。

 数秒して、正面の央輔へとゆっくり向き直った杏璃は、しっかりした口調で了承の言葉を口にする。

「わかりました。結婚しましょう」
「……そ、そうか、だったら仕方な……って。えぇ? い、いいのか?」

 それなのに、央輔は酷く驚いている。

 自ら提案したというのに、杏璃が断ると思っていたのかもしれない。

 いまだ、央輔は狐にでもつままれたような表情でこちらの様子を窺っている。

(――そんな表情もできるんだ。いつもの無表情より人間らしくてよっぽどいい。うんうん)

 などと呑気に思考しながら、杏璃は断言する。

「はい、もちろんです」
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