訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました


 すると央輔が即座に念押ししてくる。

「推しに似た俺を好きになっても、報われないんだぞ。それでもいいのか?」

 どうやら央輔は、杏璃の推しに対する感情が恋愛感情と同等であると思っているらしい。

(いくら推しにそっくりだからって、それだけで好きになったりするわけ、ないじゃない。自意識過剰にもほどがありますよ)

 異性を好きになった経験もないくせに、心の中では言いたい放題の杏璃である。

 とはいえ、心の中で文句を言ったところで央輔には伝わらない。

 意識を切り替えるのに軽く咳払いした杏璃は、推しへの感情がどういうモノかを説くため央輔に向き直った。

「勘違いしないでください。推しに対する感情は、恋愛感情とはまったくの別物です。見返りなんて求めない、尊いものなんです。なので、そのご尊顔は、観賞用として生涯愛でさせていただきますので、ご安心ください」
「はっ⁉」

 得意げに語った杏璃を前に、切れ長の目を点にした央輔は唖然としてしまっている。

 まさに、開いた口が塞がらないといった風情で、杏璃を凝視したままだ。

 だがそこは推しと激似の相貌。

 どんなに気の抜けた表情であろうとも、麗しさは損なわない。

 それどころか、推しも見せないようなレアな表情に、杏璃は釘付け状態である。

 ぽーっとしていると央輔の声が意識に割り込んでくる。

「わかった」

 杏璃が正気を取り戻したときには、移動してきた央輔が眼前に立ちはだかっていた。

(……あれ? どうして?)

 突然の出来事に頭が追いつかない。

 杏璃は央輔の姿を目で追うことしかできずにいる。

 そうこうしているうちに、長身を屈めソファの座面に手を突いた央輔が、杏璃の顔を覗き込むようにして迫ってくる。

 あたかも、杏璃の退路を断って、ゆっくりゆっくり焦らすかのようにして。

 またもやあの夢での光景が蘇ってくる。

(――き、キスされちゃう)

 そう思った杏璃が瞳を閉ざした刹那。

 耳元で央輔が微かにふっと笑みを漏らす気配がしてすぐ、問い掛けてくる。

「随分威勢のいいことを言ってた割には口ほどにもないが、本当に大丈夫なのか?」

 揶揄い混じりの央輔の言葉に、恐る恐る瞼を上げると、微笑を湛えた央輔の相貌が待っていた。

 なんだか子ども扱いされた気がして、杏璃は思わず言い返してしまう。

「い、いきなりこんなふうに迫られたら、誰だってビックリしますよ! だからって、絶対に好きになったりしませんからっ!」

 ムキになるあまり、捲し立てるように放ってしまった。

 これでは、子どもだ。子ども扱いされるのも当然である。

 いたたまれない気持ちで央輔の反応を待っていると、ふっと笑みを零した央輔から意外な言葉が返ってきた。

「そう怒るな。これはこの前の〝お返し 〟だ」

 ――お返し。

 そう言われて思い浮かぶのは、先週二度にわたって失神した挙げ句、家まで送り届けてもらったことだ。

 確かに、多大な迷惑をかけてしまった。お返しされても文句を言える立場ではない。

 大慌てで頭を下げた杏璃は謝罪の言葉を紡ぎ出す。

「あっ、あの。先日はご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」
「……いや、医者として当然のことをしたまでだ。謝罪されても困る」

 だが、央輔からは不服そうな低い声音が返ってきた。

「あ、ありがとうございました」

 ならばと、感謝の言葉を紡ぎ出してから、杏璃は首を捻る。

(謝罪されて困るなら、どうして『お返し』する必要があったんだろう……?)

「……あれ、でも、さっき」

 どうにも不思議に思い確かめようとした刹那、ふいに央輔によって杏璃の右手が持ち上げられる。

 央輔の大きな手に包まれた自身の手を視線で追った先には、床に片膝を突く央輔の姿があった。

 あたかも、愛するアイリスの足元に跪く氷のプリンスのよう。

 杏璃は驚きのあまり言葉を失いカッチーンと固まったままその光景を見つめることしかできない。

 そんな杏璃の手を恭しく持ち上げ自身のほうに引き寄せた央輔が、杏璃の指先にそうっと優しく口づける。

「――ッ⁉」

 アニメさながらの王子様然とした央輔の姿に感極まってしまった杏璃は、声にならない声を放ち口をあわあわさせ凝視したままでいる。

 そこに、仕返しが成功した少年のように、得意げな顔をした央輔から、甘い声音が囁くように奏でられた。

「俺は気ままなソロ活を満喫するために。君は、ソロ活と称した推し活を満喫するために。〝利害一致のソロ活婚〟ってことで、よろしく。杏璃」

 王子様然とした央輔に見蕩れた杏璃は、夢現でぽーっとしたままコクンと顎を引くことしかできないのだった。
 
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