訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました


「さっすが、央輔さん。いつもありがとうございます」
「あー、いや、協力してもらってるんだから、当然だろ」

 軽く頭を下げお礼を告げた杏璃に、彼は小さく笑ってから答えた。

 眼鏡とマスクをしているため表情は読み取れないが、きっとはにかむような笑みを浮かべているに違いない。

 央輔のはにかむ笑顔を想像しただけで胸がざわざわとして落ち着かない。

 杏璃は意識を逸らそうと周囲を見回した。

 するとちょうど近くの棚に、折り紙作家の著書が並べられているのが視界に入り、杏璃の意識は完全にロックオンされてしまう。

 それは、とある幼児向け教育番組の超人気コーナー「じょうずに折れるかな?」で可愛いピンクうさぎの着ぐるみに身を包み創作折り紙を披露する、うさぴょん先生の最新刊だった。

 うさぴょん先生は、幼児受けするキュートな見かけだけでなく、アニメキャラや動物はもちろん、身近な花やスマホなど、幼児が興味をそそるモノを題材にすることが多い。

 だがそれだけじゃない。

 折り紙は幼児にとっては簡単なようで結構難しい。保育士と同じように折れなかったりすると、途中で投げ出したり、かんしゃくを起こしたりすることもある。

 そうなると、機嫌をとるのも一苦労だ。

 それを逆手にとって、くしゃくしゃに握りつぶしたり、もみくちゃにしたりして、石ころや花を完成させるという、幼児の得意とする方法を取り入れている。それが幼児に受け、絶大な人気を博しているのだ。

 一見馬鹿げているようにも見えるが、人格を形成する階段をのぼる過程である幼児にとって、些細な成功体験の積み重ねこそ大事だったりする。

 小さな成功体験の積み重ねにより自己肯定感が高まって、自信を持てるようになり、失敗することを恐れず何かに挑戦したり、困難に立ち向かう力が身につく。

 自立心や学習意欲を育む効果もあるとされている。

 そういう点が教育者の間で注目され、全国の保育園や幼稚園などにも教材として取り入れられるようになった。

 折り方の解説がわかりやすく可愛らしい挿絵つきで描かれているのも魅力だ。特典には、うさぴょん先生が実際に折っている動画が収録されたDVDまでついている。

 ぐずった子どももたちどころに泣き止むと言って保護者に口コミで広がり、発売日に完売するのも珍しくない。

 そんな代物が目の前にあるのだ。杏璃がロックオンされるのも無理もないだろう。

(うさぴょん先生の待ちに待った新作‼ 皆、喜ぶだろうな~!)

 受け持つ三歳児クラス――コスモス組の園児らが喜ぶ顔を想像した杏璃は、手にした本をそうっと胸に掻き抱く。

「杏璃、どうした?」
「あっ、央輔さん。聞いてください。この本、子どもたちの間で凄い人気なんですよ~!」

「へぇ」
「折り紙の本なんですけどね――」

 歩み寄ってきた央輔から声をかけられ、杏璃は推しへの愛を熱く語るとき同様、うさぴょん先生の凄さを熱弁し始める。

「入手困難で園に入ってくるのは数ヶ月後になるので、皆の喜ぶ顔が今から楽しみでしょうがないです~!」

 そうして、語り終えたところで、はたと気づく。

(……わ、私ったら、なに一人ぺちゃくちゃと。は、恥ずかしい……)

 央輔にとったら、こんな話題に興味もないだろうし、さぞかし退屈だったに違いない。

 杏璃は申し訳ない気持ちで、しおしおと頭を下げる。

「つまらなかったですよね。……すみません」
「いや、思いがけず杏璃のことが知れて、得した気分だ」

 央輔はすっかり王子様気取りで婚約者らしい台詞を口にする。

 その甘い眼差しも優しい表情も、アイリスにだけ向けるアーサー王子そのものだ。

 そのせいか、軽く首を振りながら嬉しそうに目を眇め微笑みを浮かべているように見えてしまう。

 たちまち杏璃の胸はキュンとときめき鼓動までもが高鳴っていく。

(……これもきっと、マスクをしているせいだよね。うん、きっとそう)

 なんとか冷静を装おうと杏璃は必死になって自身に何度もそう言い聞かせていた。そこに。

「杏璃、そろそろ始まるぞ」
「……あっ、はい!」

 再び央輔から声がかかったことで、杏璃は推しへと無理やり意識を切り替える。

 それなのに、杏璃の心はずっとそわそわして落ち着かない。

 かくして杏璃は、推しのイベントに集中できないまま帰路につくこととなった。
 
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