訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
帰りの車中でも、なんだかモヤモヤとして、杏璃の心は相も変わらず落ち着かないままだ。
(これって、やっぱり央輔さんのことを……)
そこまで思い至ってしまったものの、恋愛経験のない杏璃には確証など持てない。
仮に、確信が持てたとしても、央輔は他者に恋愛感情を抱けないアロマンティックだ。
そんな想いは不毛でしかない。
(いや、まさか、そんなわけないでしょ。……けど、違うって言い切れる?)
経験がないだけに、どうにも心がぐらぐらと揺らいで落ち着かない。
――こんな状態で結婚なんかして、大丈夫だろうか……
杏璃は、段々と不安になってくる。
だというのに、央輔はいつもとまったく変わらない様子で運転に集中している。
ちなみに、今は息苦しいからとマスクは外し変装用の眼鏡だけを装着している。
(……人の気も知らないで……!)
なんだか無性に腹立たしくなってくる。杏璃は無意識に央輔の横顔を恨みがましくじとっと睨みつけていた。
そうこうしているうち、家の敷地内にある駐車スペースに到着していた。
来客用の駐車スペースなので塀の外にあり、家から様子を窺うことはできない。
それをいいことに、央輔はエンジンを切るなり、眼前にずいっと迫ってきた。
驚いた杏璃は彼を凝視したまま硬直してしまう。
央輔が変装モードで眼鏡をかけていようがいまいが関係ない。男性に免疫がないのだから、こんなの耐えられるわけがないのだ。
そうとも知らない央輔はそんな杏璃の様子が気に入らなかったようで、面白くないという表情を隠すことなく不遜な声で言う。
「……そんなに驚くことないだろ。来週には結婚するんだし、いい加減慣れろ」
(勝手なこと言って、人のことどれだけ振り回せば気が済むのよ!)
この数ヶ月、散々惑わされて心を掻き乱されていたせいか、杏璃の不満は募りに募っていたようだ。
(もうこれ以上、振り回されるのは御免だ)
杏璃はこれまでの鬱憤を晴らすようにして、央輔に向けて抗議する。
「そ、そんなの、無理です! 異性に免疫がないのに、いきなりこんな至近距離で迫られたら、心臓が保ちませんよ。嫌なら、もっと距離をとってくださいッ!」
「だったら、兄だと思えばいいだろ?」
杏璃が怒った口調で抗議したせいか、央輔も売り言葉に買い言葉で即座に切り返してきた。
してやったりというような表情でふんと鼻を鳴らす素振りを見せた央輔の態度に、杏璃の怒りのゲージが振り切れてしまう。
気づいた時には央輔に噛みつくような勢いで言い返していた。
「……そ、そんな無茶苦茶なこと言わないでください! 海兄と空兄は、小さい頃から一緒に住んでいて、兄妹同然に育った従兄だから平気ですけど、央輔さんは違うじゃないですかっ!」
「ん? 『従兄』って……本当の兄妹じゃないのか?」
だが、央輔から予想に反した言葉が返ってきたことで、杏璃の怒りも勢いも一瞬にして霧散してしまう。
推し活同様、兄のことも晴子から聞かされているものだと思っていたからだ。
だが、実際には、杏璃を猫かわいがりする二人の従兄が妨害すると踏んだ家族が正式な席に二人を同席させなかった。ゆえに央輔が本当の兄だと思い込んでいたことなど、杏璃は露も気づいていなかった、というだけである。
「……え、あれ? 伯母から聞いてません?」
いくら互いの利益のためのソロ活婚とはいえ、結婚し戸籍上正式な夫婦となるのだ。双方のことを知らないとなると、どこかでほころびが生じるかもしれない。
そうなれば、非常に面倒なことになる。
最悪、破談にでもなれば、本来の見合い相手との縁談を進められてしまうかもしれない。
かもしれない、じゃなくて、そうなるに違いない。
杏璃が思案に耽っている間、央輔もなにやら真剣な表情で思考を巡らしているようだった。
しばし、沈黙すること数十秒、何やら納得したように頷いた央輔がボソボソと呟きを落とす。
「……なるほどな。それで……あの態度だったのか……」
それはまるで冷徹非道なアーサー王子が反逆者に向けるかのような冷ややかなものだった。