訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
「おい啓輔! さっきの〝あれ〟はどういうことだ!」
廊下の壁に啓輔を背中から貼り付けにして凄めば、気まずそうに視線をあちこちに彷徨わせつつも白状しはじめる。
「あたしはただ、アニメオタクのソフィアが、推しである氷のプリンスに似てるって日本で話題の央輔に会いたいっていう、要望を叶えてあげただけよ。車で説明しようと思ったのに、央輔が無視するからいけないんでしょう」
央輔の直感どおり、氷のプリンスはソフィアの推しであるらしい。
あの違和感は、央輔を通して推しに向ける一方的な好意と熱の籠もった視線だったのだ。
杏璃にも感じたものだが、相手が違えばこうも変わってしまうのか……。そう感心してしまうほどに、ソフィアに対しては嫌悪感しかない。
嫌悪感どころか、あの視線を思い出しただけで、虫唾が走り、鳥肌が立つほどだ。
最後の言葉には、啓輔を無視した自分を猛烈に責めたくなったが、時間は巻き戻らない。
――それよりも、先ずはこうなった原因を探るのが先決だ。でなければ、対処ができない。
まさかこんな時に、医師として培ってきたリスクマネジメントが役立つとは皮肉なものである。
「……見返りは何だ? 正直に言ってみろ」
「あたしは断ったのよ。けど、一目でいいからって言うもんだから、根負けして。お礼に、専属メイクアップアーティストにしてくれるって言うんですもの、厚意を無碍にはできないでしょう」
「……そうか、おまえは、従兄である俺をそんな肩書きのために売ったんだな。なら、もういい。二度と俺にその面見せるな。この意味、わかるよな」
言外で、『鷹村家との絶縁』を匂わせれば、啓輔の顔から潮でも引くかのごとくサーッと血の気が引けていく。
これまで『鷹村家の御曹司』という肩書きを笠に着たことは一度もない。
だが、杏璃との幸せを守るためなら、肩書きだろうが何だろうが、どんな手段も辞さないつもりだ。
しばし睨みをきかせていると、完全に青ざめた啓輔は蛇に睨まれた蛙のようにおとなしくなった。
――今回は大目に見てやるが、次はないからな。
央輔は鋭い眼光で射抜いたまま言外でそう伝え、啓輔に命令を下す。
「啓輔、あの女の対応は任せた。本気で施術をうけたいなら、美容外科医として対応する。だが、パートナーの件は、愛してやまない妻がいるから応じられない。妻以外の女なんて目にも入らない。そうキッパリと伝えておけ。いいな」
ゴクリと唾を呑み様子を窺っていた啓輔が、安堵したように僅かに表情を緩ませコクコクと頷いた。
それを見届けた央輔は、啓輔を突き放すようにして解放し背中を向けてから言い放つ。
「俺は帰るからな、こんな茶番に付き合ってられるか。じゃあな」
そうして背中越しに言い置いて脚を進める央輔に、啓輔がシュンとした声で謝ってくる。
「……央輔、ごめんなさい。杏璃ちゃんにもよろしく伝えてね。改めて謝罪もしたいし」
背中で受け止めるつもりが、黙っていられなくなり振り返ってしまった。
愛しい妻の名前を聞いたせいで、杏璃にハグする啓輔の姿が脳裏を掠めたのだ。もちろん、杏璃に今回のことを知られて余計な心配なんてかけたくない――という気持ちもあったが……
「おまえ、どさくさ紛れに『杏璃ちゃん』なんて呼ぶなっ! それに謝罪なんて必要ない。こんなことで杏璃を不安にさせてたまるかっ!」
やはり、杏璃のこととなると自分は冷静ではいられないようだ。
――自覚した途端に、杏璃のことが恋しくてどうしようもなくなってくる。
杏璃に会うまでは、こんな風に誰かを心から愛おしいと想う日がくるなんて、夢にも思わなかった。
こんなにも幸せな気持ちは初めてだ――たとえ何があったとしても決して手離しはしないし、宝物のように大切にしたい。
「も~、そんなに心が狭いと、愛想尽かされちゃうわよ」
「おまっ、調子にのるなよ!」
「わかってるわよ。それより早く帰ってあげなさいよ」
「ああ、じゃあな」
啓輔とくだらないやり取りをしながらも、気持ちは愛する妻である杏璃の元へと向かっていた。
逸る気持ちを抑えつつ、帰るコールでもするかとスマホを取り出し一件の着信履歴に気づいたのだが……。その相手が杏璃の従兄である『高邑海』だったため、央輔は何やら妙な胸騒ぎを覚えた。
――まさか、杏璃の身に何かあったのか。
考えただけでも目の前が真っ黒に塗りつぶされそうになる。
嫌な予感に苛まれ、心が闇に囚われそうになるのを央輔はぐっと抑え込んだ。
そんなものに囚われている場合ではない。とにかく今は杏璃の無事を確かめるのが先だ。
――どうか何事もなく無事であってほしい。
央輔は神に祈るような心持ちで、通話ボタンをタップしたのだった。