訳あって、お見合いした推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました

 敵兵なら、その視線に囚われただけで瞬時に凍結していただろうが、相手は叔父。そう簡単にはいかないのだった。
 
 僅かにびくついた洋輔が、いつもの飄々とした軽口を叩いてくる。
 
「こーら、央輔。いつも言っているだろう? どんなに機嫌が悪くても、お嬢様方の前では笑顔を振り撒くようにって。そんな怖い顔してたら、商売あがったりだ。ほら、スマイル、スマイル」
「……院長、話をすり替えても無駄です。それから、本音がだだ漏れですよ」

「機嫌を損ねたかわいい甥っ子の気持ちを和ませようという、優しい叔父心なんだから、そう怒るなって」
「フンッ……だったら、縁談話なんて、熨しつけて突き返してくださいよ」

「それは無理だ。相手のお嬢さんは鷹村家とも縁のある名家のご令嬢なんだぞ。角が立つ。もうすぐ三十三になるって言うのに、浮いた話がないどころか、ホモかアロマンティックかって疑惑まで持ち上がってるんだ。そんな噂が広まってみろ、お前目当てのお嬢様方が来なくなっちゃうだろ。俺を救うと思って、会うだけ会ってくれないか」
「嫌です!」
 
 つい十数分前に、本日最後の施術を終えて、溜め込んでいた事務書類を片そうと副院長室の自席のデスクに向き合ったところで、洋輔に内線で呼びつけられ今に至る。
 
 これまでなら、何やかんや言いつつも、最後には央輔の気持ちを尊重してくれていた。

 だが今回は様子が違うようだ。
 
 いつものように茶化しつつ央輔の機嫌をとる素振りを見せてはいるが、引き下がる気配はまったくない。
 
 それどころか、柔和な目元を冷ややかに眇め低い声を放った。
 
「央輔、待ちなさい。今回の縁談は、家業を継がず医者になる道を選んだ央輔にとっても、悪い話じゃない」
 
 その様は、当主である父とよく似ていた。さすがは血を分けた兄弟である。
 
 おそらく、父の意向なのだろう。
 
 物心ついた時分から、当主の言葉は絶対だと刷り込まれて育ってきた央輔に、否やは許されない。

 これまでは央輔の好きにさせてくれていた。だが、特定の相手をつくらず後腐れのない付き合いばかりだった二十代をとっくに通り越し、三十路となった。今では、ホモ疑惑まで囁かれるようになった。
 
 愚息がおかしな道に足を踏み入れてしまう前に何とか手を打とう、とでも考えているに違いない。
 
 ――抜け目のない父のことだ、鷹村家にとっても多少なりとも恩恵があるのだろう。
 
 叔父の話を右から左に受け流しながら、央輔が父の思惑を逡巡していたとおりの言葉が洋輔の口から飛び交った。
 
「なにせ、相手のお嬢様は、次期総裁確実と言われている大物政治家の愛娘だからな。文句があるなら、直接父親と話をつけてこい。以上、この話は終わりだ」
 
 つまりは、この縁談は実家にとっても有益なものであるので、断るなんて言語道断。家業を継がなくてもいいお気楽な身分なんだから、それくらい家のために貢献してもいいだろう。さっさと結婚して可愛い孫をもうけて親孝行しなさい。と言う意味である。
 
 気乗りしない縁談話を押しつけられてしまった央輔は、反論の代わりに洋輔をギロリと一睨みしてから脳内で悪態をつく。
 
(今更、文句を言ってみたところで、どうにもならないってわかっているクセに……洋輔さんも人が悪い)
 
 心中で愚痴を零したところで、どうにもならないってことくらい、洋輔に言われなくとも重々承知している。
 
 だがそうせずにはいられなかったのだ。
 
 たぐいまれなる美貌を受け継いだおかげで、十代の頃から言い寄ってくる女性が山ほどいたが、特定の相手ができたためしがない。
  
 央輔の見かけや肩書きばかりに群がってくる女ばかり。そんな女に本気になれるはずもなく、いつしかそういう女の相手をするのにもうんざりするようになっていた。

 気づけば三十三。

 今では気楽なおひとり様時間――近頃流行の〝ソロ活〟を満喫するようになっている。
 
 結婚なんて、苦痛以外のなにものでもない。けれど。
 
 ――会ったら最後、結婚は不可避だ。
 
 央輔は見合い写真を見下ろしつつ、洋輔に向けてこれ見よがしに深くて重い溜息を垂れ流してやったのだった。
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