訳あって、お見合いした推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
美容界の氷のプリンス
 銀座の一等地にある「鷹村美容整形クリニック」の院長室では、春だというのに身も凍り付くほどのブリザードが吹き荒れていた。
 
「……何ですか? これは」
「見ての通り、見合い写真だ」
「『大事な用がある』と言うから何事かと来てみれば。くだらない」
 
 鷹村美容整形クリニックは、叔父である鷹村洋輔(ようすけ)が二十年前に開業して以来、業界トップの人気を誇っている。

 洋輔はたぐいまれなる容姿を駆使して自ら広告塔となり注目を集めた。そしてそれまでは高額とされてきた美容整形施術の低価格化を実現し、高かった敷居を取り払った。
 
 プチ整形やリフトアップはもちろんメイク術など美容整形に限らず、コスメ業界にまで手を広げて知名度を広めてきた。
 
 それもこれも、戦後に解体されてはいるものの現在も政財界に多大なる影響を及ぼしている、鷹村グループの後ろ盾があってこそだ。
 
 なぜなら、鷹村グループ会長が央輔の父であり、洋輔にとって兄にあたるからだ。
 
 鷹村グループは、日本で五指に入る財閥系企業だ。創業者一族である鷹村家は、歴史の教科書に名を連ねるほどの旧家で、代々美形揃いとしても知られている。
 
 そこに目をつけて美容外科医となり、美容業界にまで参入した洋輔の商才には、素直に尊敬している央輔である。
 
 少々軽くて調子のいいところがあるものの、洋輔には〝人たらし〟の一面があった。
 
 美容外科医には、コンプレックスや今よりもっと綺麗になりたい、という患者の気持ちに寄り添い、要望を的確に汲み取り、患者ひとりひとりに合わせた治療方針と処置を提案・提供することがもっとも肝要となる。
 
 そのためには適度なコミュニケーションは欠かせない。

 洋輔はその能力に非常に長けていた。
 
 それが功を奏して、今では洋輔は「美容界のキング」と呼ばれている。
 
 ブリザードを吹き荒らしている副院長――鷹村央輔もまた、一族の血統を継ぐ類まれなる美貌の持ち主である。

 だが残念なことに、優美で柔和な雰囲気の洋輔とは違い、表情の乏しい央輔はいつも無表情で、とっつきにくい雰囲気を醸し出している。
 
 だというのに、客引きのためだと言って雑誌の取材に担ぎ出された。その際の写真が、放映中のアニメキャラ・氷のプリンスにそっくりだといって思わぬ反響を呼んでしまった。
 
 今では「美容界の氷のプリンス」などと呼ばれている。
 
 ただでさえ、日本有数の財閥企業の御曹司という、大層な肩書きを背負わされているというのに、迷惑極まりないことである。
 
 幸い、三男坊の央輔は家業を継がなくてもいい気楽な身分である。だが、何かにつけて肩書きがついてまわる。

 現に今もこうして、肩書きの恩恵にあずかろうと、縁談話が舞い込んできたのだ。
 
 今年に入って十回は目にしただろうか。
 
 央輔は見合い写真を忌々しげに一瞥すると長い長い溜息を垂れ流し、院長に真っ向から向き直る。
 
 すっかり弱まっていたブリザードが吹き荒れ始めた。
 
 央輔に似ているという氷のプリンスは絶世の美貌を誇る王子様なのだが、王位継承権を巡っての策略が横行する王宮育ちのため、他者に本音も隙も見せない冷酷非道な王子である。
 
 けれど愛するヒロインにだけ心を砕き、ただひたすらに溺愛する。
 
 ヒロインにだけ見せる甘く慈愛に満ちた優美な微笑は、三次元の女性をも魅了してやまない。
 
 だが央輔には、これまで好意を抱いた女性など存在しなかった。これから先もそんな相手が現れるとは思えないし、自分には必要ないとさえ思っている。
 
(――女なんて煩わしいとしか思えないのに、見合いなんてさせられて堪るか!)
 
 女性に対し負の感情しかない央輔が向けるそれは、氷のプリンスさながらの、冷酷な表情と絶対零度の冷ややかな視線である。
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