手を、つないで


 打ち上げは、駅に近いところの居酒屋で。
 広めの個室だった。掘りごたつの席。テーブルは2つ。
 みんな適当に座ってる。俺は少し遅く行ったので、手前のテーブル、空いてる広瀬の隣に座った。
 彼女は奥のテーブルの一番遠く。目には入るけど、話せるほど近くじゃない。
 女性に挟まれていた。しかも1人はベテラン総務の平野さんだ。平野さんの隣で口説く度胸があるやつはいないだろう。ひとまず安心だ。
「松永さん、今回はありがとうございました」
 広瀬とジョッキを合わせる。
「いつも忙しいから、本当に大丈夫かなって思ってたんですよ」
 広瀬は、確か年齢は俺の一つ下だったと思う。敬語はいらないって言ってるのに、崩さない。
「やっぱ頼りになりますね〜、今度は一緒のチームでやりたいです」
 頼りになるのは広瀬の方だ。抜群のコミュ力で、バランス良く仕事を進める。お陰でこっちは自分の仕事だけに集中できる。
「いつもは飲みにも誘えない感じで忙しそうなのに、今日は来てくれて嬉しいです。いやあ、もう俺みんなに助けてもらって、ありがたやありがたや」
 みんなに向かって手を合わせて拝む広瀬。周りの人達が笑う。
「またチームリーダーになれるように頑張ります」
 広瀬は今回初めてのリーダーだった。周りに助けを求めて、助けられて、うまくやってたと思う。
「松永さん、酒強いって聞きましたけど」
「あー……まあまあ」
「高井戸さんも結構強いですよね。でも、この中で一番強いのは、中森さんだと思います」
 彼女が酒に強いのは知ってる。しかも結構な強さだ。いつも淡々とジョッキを空にして、酔った人を介抱してる。
 今日も同じらしい。淡々と飲んで、周りの話を聞いている。時々笑う。平野さんと何かを話す。笑う。……うらやましいな……。
「あのー松永さん、最近なにかいいことあったんですか?」
 広瀬の向こうにいる人から聞かれた。……誰だっけ。
「いや、特には……」
「最近雰囲気変わったよねって噂になってるんですよ」
 ドキリとする。落ち着け、彼女とのことじゃない、俺が、っていう話だ。
「やわらかくなったっていうか、丸くなったっていうか、そんな感じで。女子たちの間で」
「あーわかる。話しかけるなオーラが丸くなったって感じだよね」
 広瀬が言う。どんなオーラを出してるんだ俺は。
「新しいマシン買ったとか。パソコンか、ゲームの」
 ああ、それはテンション上がる。でも違う。言わないけど。
「……まあ」
「いやあいいですねー」
 ところでさ、と話を変えてくれる。いいやつだな、広瀬。
 会社の近くにできた唐揚げ専門店の話を聞きながら、隣のテーブルに目をやる。

 彼女は変わらず平野さんの隣。何かを話して笑っている。楽しそうで良かった。
 ……顔が、ちょっと赤くないか?
 最近よく見た赤さじゃない。ひょっとして酒のせい?もしかして酔ってる?
 大丈夫だろうか。

「松永さん」
 気付いたら、広瀬がいなくなっていて、代わりにさっきまで広瀬の向こう側にいた人が隣に来ていた。
「もし良かったら、この後2次会行きませんか?」
 そして声を潜める。
「あの、2人で、とか」
「あー……すみません」
 そういうことか。
 えーと、多分このセリフなら言っても大丈夫だろう。
「彼女いるんで、そういうのはちょっと」
 何故か場がシーンとなった。そんな大きな声は出してない。むしろ相手に合わせて潜めたはずだ。
 みんながこっちを見てる。彼女も、目を見開いて。
 ガラッと戸が開いた。広瀬だ。トイレに行ってたらしい。変な雰囲気にたじろいでる。
「え、なんかありました?」
 キョロキョロっと見回す。
 口火を切ったのは、平野さんだった。
「松永さんもそういうことあるのねえ」
 あはは、と笑う。
「松永も人間だってことだよなあ」
 高井戸がそう言ったらみんなが笑った。彼女だけは苦笑、顔色は元に戻ってる。
 えっなになに、と広瀬が近くの人に聞いて、『ええっ⁈』と遅れて驚いている。そんなに驚くことか。
「松永さん、初耳ですよー」
 言いながら、戻ってきた。席は元通りになる。ホッとした。
「詳しく聞かせてくださいよ」
「嫌だ」
 これ以上は言わない。絶対に。
 広瀬を適当にあしらっているうちに、他の人もそれぞれの話題に戻っていく。

 ……気になって彼女を見る。平野さんと話して、笑っている。

 気を悪くしていないだろうか。何の相談もせずにいきなり言ってしまった。彼女である、ということは、高井戸以外は知らないだろうけど。こんな時はどうしたらいいか、決めておけば良かった。後で話したいけど……話してくれるだろうか。

 不安になって、トイレに立った帰りに、席を移った。
 高井戸の隣、彼女の向かい側に。高井戸のところに来た、という体で。
 座る時、目が合ったけど、直後に平野さんに話しかけられてそっちを向いたから、反応はなかったに等しい。
「松永なに飲む?」
「ビール」
 高井戸がタブレットで注文してくれた。
 その後は、軽く仕事の話。さっきのことには触れないでくれるらしい。ありがたい。
 少ししたら、彼女の顔がまた赤くなってきた。酒のせいだな。
「高井戸、水頼んで」
「えっなに飲み過ぎた?水頼むけど、いる人いる?」
 平野さんが手を挙げた。
「あ、私ほしい。中森さんも飲んどきなよ。顔赤いし」
「そうですね。お願いします」
 平野さんナイスパスありがとうございます。
「松永が飲み過ぎなんて珍しいな」
 苦笑で答える。高井戸は声を抑えた。
「大丈夫か?いろいろ」
「……多分」
 そうとしか言えない。前にいる彼女は、ずっと平野さんと話し込んでいる。頷いたり、笑ったりすると、髪が揺れる。
 そうしたら、聞こえてきた。
「えっもしかして人生初彼氏?」
 平野さんが目をまん丸くして彼女に向いている。
 彼女と目が合った。顔がぼわっと赤くなる。耳まで。ゆでダコみたいだ。
 彼女が焦る。
「平野さん声が大きいです」
「あっごめん」
 平野さんは慌てて、彼女にぼそぼそ話しかける。2人でぼそぼそ内緒話を始めた。

 人生初彼氏。
 すぐには理解できない。
 人生初彼氏。
 頭の中に響く。
 なにも考えられなかったけど、目の前の真っ赤になった彼女が、凄く可愛いということだけはわかった。

「大丈夫か?いろいろ」
 高井戸。さっきと同じセリフ。でも顔が違う。口元が震えてる。……おもしろがってんじゃねえ。
「……多分」
 答えて、ちょうど来た水を一気に飲んだ。




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