手を、つないで


 偶然だった。
 給湯スペースの前を通りかかったら、中に彼女がいた。
 踏み台に乗って、手を伸ばして。
 上の棚の物を取ろうとしているんだろう。そのくらい、言ってくれればいくらでもやるのに。
 声をかけようとした時だった。
 彼女がバランスを崩した。
 咄嗟に手を伸ばす。駆け寄って、彼女を抱き止めた。
「……あっぶね……」
 良かった。受け止められた。
 彼女はぽかんとしている。何が起こったのかわかってないようだ。目をまんまるくして俺を見ている。
「ま、つながさん……」
 ふわっといい香りがした。彼女の髪からだろうか。予想外のことに、体が固まる。
「大丈夫、ですか?」
 このまま、腕の中に閉じ込めたい。
 その思いを隠して、聞く。怪我とかしてないだろうか。
 彼女は頷いた。
 ちゃんと助けられたみたいだ。
「なら、良かったです」
 ほっと息をついた。
「す、すみません」
 彼女がそう言って体を離す。
 間に入り込んできた空気が冷たい。
 急に感じた淋しさをごまかしたくて、棚の上に目をやる。
 箱ティッシュが並んでいる。
「……これですか?」
 俺でも背伸びしないと届かない。誰だこんなとこに置いたやつ。
「はい……すみません、全部降ろしていただけますか?」
 全部?そんなに箱ティッシュを使うんだろうか。
 そう思ったら、顔に出たらしい。
 彼女が慌てたように言う。
「あの、場所がいつもと違ってるので」
 ああ、全部移すってことか。
 ティッシュを降ろすと彼女が手を出した。
「ありがとうございます」
 受け取ろうとしている。
 このまま渡してもいいんだけど。
「……下でしたよね」
「あっ、はい、そうです」
 彼女は扉を開けて、手前のスペースを指した。
 そこにティッシュを置く。
 見上げると、彼女の横にも箱があった。
「それも?」
 指差すと、あっと気付いた。自分で降ろしたんだろうに。
 その表情や動きがおもしろい。小動物みたいだ。
「すみません、お願いします……」
 うやうやしくティッシュを差し出してきた。顔を伏せて、献上物でも出すみたいに。
 笑い出しそうになるのを堪えて、ティッシュを受け取る。
 その時、少しだけ指先が触れた。本当にほんの少し、一瞬だった。

 その一瞬で、彼女が固まった。

 ああ、忘れてた。俺は、無口で無表情。周りからは怖がられてる、ということを。
 自分としてはただ黙っているだけなのに、なぜか怖いと言われる。
 きっと彼女も、そう思ったんだろう。
 少なからずショックを受ける。
 そして、そう思わせたことが申し訳なくなる。
「あの、すみません。俺、怖がらせる気はなくて……」
「えっ?」
 彼女が顔を上げたけど、俺の方が怖くて顔を見られなかった。
「すみません」
 これ以上彼女に不快な思いをさせたくない。
 この場を離れよう。
 固まる彼女の横を通って、廊下に出ようとする。
 くんっと、背中が引っ張られた。
 首だけ振り返ると、彼女が、俺のパーカーの裾をつかんでいる。
 なんだ?何が起こってる?
「違います」
 うつむいて。声は少し震えてる。
 でもしっかりと俺をつかまえて。
「私、怖くないです。嬉しかったです。助けてもらって、手伝ってもらって、凄く嬉しくて、どうしたらいいかわからなくて、顔は熱くなってるし、恥ずかしくて」
 予想外だった。
 俺が怖いんじゃなかったのか?嬉しい?なんだそれ。
「え……」
 思わず声が漏れた。
 それに反応するように、彼女が顔を上げる。
 目が合った。
 ぶわっと音が鳴ったみたいに、彼女の顔が真っ赤になった。
「す、すみません」
 うつむいてそう言って、彼女は走り去った。ぴゅんって効果音がついてたみたいに。早かった。
 俺は、1人給湯スペースに残されたのだった。



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