手を、つないで


 しゃがみ込んだまま、深くため息をつく。

 振り返った時に見た、潤んだ目。
 少し赤かった顔が、更に真っ赤になってた。
 多分、凄く頑張って言ってくれてた。
 『怖くないです。嬉しかったです』
 彼女の言葉を反芻する。
 あんなに感情をあらわにした彼女を見るのは初めてだった。
 可愛かった。腕の中に閉じ込めて、他の人には見せたくない。そんな衝動を抑えるのが大変だった。

 俺がもっと、何か上手く言ってあげられたら、彼女はあんな、震えたりしなくて良かったんじゃないだろうか。
 自分の口下手さ加減を恨む。いい歳なんだし、もうちょっと上手く言葉を使えないだろうか。

 でも、不快にさせてた訳じゃなかった。
 あの言葉から察するに、好意的には受け止めてもらえてるらしい。
 そのことにホッとして、もう一度深く息を吐いた。

 腕の中の彼女を思い出す。想像よりもずっとやわらかくて、あったかかった。あのまま抱きしめたかった。でもそうしたら、自分がどうにかなってしまいそうで、怖くて、動けなかった。
 一体どうしたらいいのか。



「……松永?」
 頭上から声が降ってきた。
「なにしてんの、こんなとこで」
 高井戸雄一。俺と同期で、今、彼女と同じチームの。
「……なんでもない」
 立ち上がろうとしたけど、力が入らない。
 高井戸が手を出してくれる。でも、今こいつの手をつかんだら、残っている彼女の感触が消えそうで、壁伝いに自力で立ち上がった。
「具合でも悪い?」
「……いや」
「ならいいけど、無理すんなよ」
 背中をポンと叩かれる。
「……ありがとう」
 そう言ったら、高井戸の目が点になった。
「え……」
「……なんだよ」
「いや、ほんと大丈夫?やっぱ熱でもあるんじゃ」
「ない」
 きっぱり言って、歩き出す。高井戸もついてくる。
「ならいいけど。今ウチのチーム佳境だから、松永が倒れても応援には行けないぞ」
 佳境か。じゃあ彼女も忙しいな。
「大丈夫だから」
 こうやって一言で済まそうとするから、怖いとか無愛想とか言われるのか。
 止まって、高井戸を見る。
「え……なに」
 俺と違って、高井戸はコミュ力が高い。年齢性別問わず、すぐ仲良くなれる。意識せず、自然に。
 口数が少ない彼女ともすぐに打ち解けていたはずだ。
 彼女も、俺みたいなのより高井戸の方がやりやすいだろう。
 突然、モヤっとしたものが胸の中に広がった。
「……なんでもない」
 同じチーム、か。うらやましい。
 彼女は仕事でも頼りになる。ただの聞き役じゃない、聞いたことをきちんと消化して反映させる。好意を抜きにしても、一緒に働きたいと思える人材だ。
 そう思うのは俺だけじゃない。だから、彼女はチームメンバーを決める時に、密かに取り合いされている。
 またモヤっとする。なんなんだこれ。
 一度そらした目を、また高井戸に向ける。
「……なんだよ」
 高井戸が悪い訳じゃない。わかってる。こいつは偶然彼女と同じチームに入れられただけだ。
「いや、なんでもない。ごめん」
「お、おう……」
 高井戸が、何か腑に落ちない顔をする。
「やっぱりどっか調子悪いんじゃない?ありがとうとかごめんとか、松永の口から出てくるなんて」
 こいつは……俺のことをなんだと思ってるんだ。
「なんかあった?」
 無視して歩き出す。
 仕事をしなくては。

 席に戻った。
 仕事は全然進まない。ふとした瞬間に、彼女の赤くなった顔や、甘い香り、やわらかい体の感触を思い出して、その度に思考が止まる。
 頭を抱えながら、仕事を進めた。




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