一夜限りの関係だったはずが、隠れ御曹司から執愛されています

さよなら

 三か月前――。

 季節は夏から秋へ。
 時計を見ると、十八時を過ぎていた。
 この前まで空はまだ明るかったのに、もう暗くなっている。季節が変わったのをぼんやりと空を見ながら感じていた。
 今日も疲れた。クレームが多かったから。夕ご飯のこと考える余裕がなかったな。

 私、田澤 小春(たざわ こはる)、三十歳は、コールセンターのお客様相談係として働いている。
 大手製薬会社の下請けの業務、商品についてのクレームや製品の内容について、相談や質問を聞くのが主な仕事だ。

 いつも通り帰宅し、郵便ポストを確認する。

「あ、もうそんな時期だっけ?」

 住んでいる賃貸マンションの管理会社から更新に関する書類が届いていた。

(あらた)が帰ってきたら相談しよう」

 私は付き合って二年ちょっとになる彼氏と現在同棲をしている。
 部署は違えど同じ会社だ。名前は葉山 新(はやま あらた)。私よりも五つ年上だ。

「きっとこのまま普通に更新しようって言うんだろうな」

 マンションは新の名義で借りている。
 付き合って二年が過ぎたけれど、付き合う時は「結婚を前提に」なんて言ってくれたのに、今では「結婚」の二文字も言われなくなった。

 三十歳を過ぎ、結婚している友達も増えた。
 晩婚化が進んでいるとは言われていても、幸せそうに結婚していく友達を見ると素直に羨ましいと感じてしまう。
 とは言っても、新も最近仕事が忙しそうだから、自分のことでいっぱいいっぱいなんだろうな。帰ってくるの、遅くなったし。

 今日もいつも通り夕ご飯を作って、一人で先に食べて、お風呂に入り、帰ってくる新の帰りを待つんだろうと思っていた。
 
 私がお風呂に入り、テレビを見てゆっくりしていた時に新は帰ってきた。

「おかえり。お疲れさま。夕ご飯温めて良い?」

 帰宅した新に声をかける。

「ええっと。ごめん。今日、食べてきたんだ」

 その言葉にイラっとしてしまった。

「食べてくるなら連絡してって何度も言ったよね。新のために作ってるんだよ。一人だったら私も適当に買って食べちゃうのに」

 ラップをしているおかずのお皿を冷蔵庫にしまい、バタンと強めにドアを閉めた。

「私だって仕事してる。家事は二人でやろうって決めたじゃん。最近、何にもしないんだから」

 今日のクレーム処理に疲れていたのもあり、我慢していたことを強めに伝えちゃった。

「マンションの更新の書類、届いてたよ。必要なところは書いておいたから、名前と印鑑だけ押して。ポストには私が出しておくから」

 はぁとため息をつき、寝室へ向かおうとした時、ボソッと新が何かを呟いたのが聞こえた。

「……別れよう」

「えっ?」

 あまりにも小さい声で聞き返したけれど、今、別れようって言った?
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