一夜限りの関係のはずが、隠れ御曹司から執愛されています
「できます」

 私は詩音さんの肩に手を乗せ、チュッと唇にキスをした。

「そんなんじゃダメです」

 詩音さんってもしかして、すごくヤキモチとか妬くのかな。こんなにモテそうなのに。私なんかに執着しなくても、詩音さんのことを好きになる女性はたくさんいると思う。恋愛経験も豊富そうだ。

 私はもう一度、自分からキスをした。
 だけどまだ足りないと言わんばかりに
「んっ……」
 逆に彼から責められる。

 唇にキスだけだと思ったら、首筋をチュッと軽く吸われた。

「あっ、待ってください」

 舌の感覚が温かくて、それに首筋も感じるらしく
「ひゃあっ」
 声が出てしまう。

 手首を押さえられ、思うように動けない。

「ダメです。こんなところじゃ」

 誰かに見られたら、詩音さんだって何を言われるのかわからない。

「じゃあ、家だったらいいんですか?」

 耳元で響く容赦ない彼の声。
 私が
「あの、えっと」
 困っていると
「すみません。何も考えずそんな提案をして」
 はぁと彼は息を吐き
「送っていきます。明日も仕事ですよね」
 眉は下がり、無理矢理口角をあげているように見えた。

 詩音さんだって忙しいんだ。私ってもしかして詩音さんの邪魔ばかりしているのかも。
 後部座席から降りようとしている彼を引き止め
「詩音さん。私、詩音さんのことが好きです。だから信じてください。詩音さんの仕事が落ち着いたら、あの……。またお泊りとかしたいです」
 私の言葉に彼は瞳を大きくさせ
「俺も小春さんのことが好きで。好きすぎて。誰にも盗られたくなくて」
 そんなことを呟いた。

「来週またお泊りに誘ってもいいですか?」

 少し顔を赤くしながら彼から控えめに訊ねられ
「はい」
 私は頷く。
 
 詩音さんはフッと柔らかい顔に戻り、微笑んでくれた。


・・・・・・・・・・・…・・・・・・・・・・

「お話って、どのようなことですか?真宮副社長」

 詩音は、自分で契約をしているプライベートオフィスに葉山新、小春の元彼を呼び出していた。

「率直に伝えます。小春さんともう接近しないでほしいんです」

 詩音の言葉に新は一瞬戸惑い、ハッとバカにするように笑う。
 わざとこんな笑い方をしたのではない、バカらしいと思った彼の心の底が現れてしまったためだ。

「それって。完全にプライベートなことですよね。だったら、上の立場の方としてではなく、普通に答えさせていただきますが」

 一秒ほど間が空き
「どうしてあなたにそんなことを言われなきゃいけないんですか?今は小春の彼氏かもしれませんが。それは小春が決めることでしょ。この間だって、俺が呼び出したら来てくれましたよ。俺に会うことは、小春からは何も聞かされていなかったんですか?」
 新は詩音の要求に<はい>と応えれば簡単だったかもしれない。だが、新のプライドが邪魔をした。

「あなたが強引に彼女を呼び出したことはわかっています。彼女にとっても迷惑ですから、やめてください。それに俺たち、今、《《婚約》》してるんです。パートナーがいることをわかっていながら、近づいてくるようであれば、俺もそれなりの手段をとりますよ。あなたにも婚約者がいますよね。それもまた問題だと思いますが」

 感情を見せることなく淡々と話す詩音は、小春が知っている詩音ではない。
 大企業トップの貫禄を感じさせるほどのピリピリとした空気感だ。
 新は手段と聞き怯み
「小春のどこが良いんですか?」
 話を逸らそうとするも
「あなたには関係ありません。イエスかノーかで、今後の対応が違ってきます。どちらにしますか?」

 詩音は全く新の言葉に耳を傾けなかった。

「わかりました」

 新はただ一言返事をし、その場から去って行く。

「小春さんに近づく男は許さない」

 一人残った部屋で詩音はそう呟いた。
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