一夜限りの関係のはずが、隠れ御曹司から執愛されています
「じゃあ、先に乾杯しましょうか?」

 みんなでグラスを手に取り
「乾杯!」
 コツンとガラスが鳴る音がした。

 そのあとは自己紹介から始まり、私は聞く素振りをしている。あまり興味がないけれど、うんうんと愛想が悪くならないようにだけ努めた。

「今度は小春ちゃんだよ」

 斎藤さんから肩をポンっと叩かれる。

「はい。はじめまして。田澤小春(たざわこはる)です……」

 自分の名前を発した時
「すみません。遅くなりました」
 男性の声が聞こえ、個室に入ってきた。

 これが遅れて来ると言っていた新人さんかな。メガネをかけていて黒髪、私と同い年くらいの男性がペコペコと頭を下げながら入ってきた。髪の毛が長く、メガネもかなり厚い度のためか顔がしっかりと見えない。雰囲気は大人しそうな人だ。

「遅いぞ。真宮(まみや)

 すでに酔っている藤本さんから、真宮さんはバシッと背中を叩かれている。痛そう。そんなに強く叩かなくてもいいのに。

「すみません」

 真宮と呼ばれた新人さんはチョコンと隅へ座る。私の前だ。
 下を向いていて、どんな顔をしているかわからないけれど、他の男性社員と違って威厳がなさそうというか。優しそうというか、気弱そうなイメージを受ける。

「ごめん。田澤さん。自己紹介の途中だったね」

 藤本さんが謝ってくれた。

「いえ。えっと、もう一度。田澤小春です。よろしくお願いします」

 趣味とか発表したくないし、私のことなんて誰も知りたくないだろう。

「えっ、小春ちゃん。それで終わり?」

 男性側がええっと声をあげた。

「すみません。小春ちゃん、この間、彼氏にフラれちゃったばっかりで。まだ傷が癒えないみたいで。ごめんなさい」

 えっ、斎藤先輩がサラっとだけど、フォローじゃないフォローをしてくれた気がする。

「えっ、そうなの!?どうして別れたの?」

 別れた理由か、一方的に別れを言われたけど。私が彼に配慮が足りなかった?うーん。

「小春ちゃんは、こう見えて気が強くて。結婚したら鬼嫁になりそうだからって」

 斎藤先輩、この場でそんなこと言う?いくらなんでもちょっと酷い気がする。相手は初対面なのに。

「ええっ、そんな風には見えないけどな」

 男性陣はハハっと笑っている。私、ネタにされたのか。

「おい、次は真宮の番だぞ」

「ああ、はい。真宮詩音(まみやしおん)です。よろしくお願いします」

 真宮さんはペコっと綺麗なお辞儀をした。

「お前もそれだけかよ!これだから空気を読まない新人は……」

 藤本さんがチッと舌打をしたのがわかった。
 この人。立場は上かもしれないけれど、後輩に向かっての態度が高圧的すぎる。私は苦手。斎藤先輩はこんな人のどこが好きなんだろう。

「藤本さんって、今度、部長になるって本当ですか?」

 斎藤さんが口を開いた。

「えっ、よく知っているね。営業成績が評価されてね。常務と仲良くしてもらってて。そんな話をもらえそうなんだ。まだ秘密にしておいてね」

 これは社内秘じゃないの?
 ていうか、斎藤先輩はそれが狙いなんだ。
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