夜明けが世界を染めるころ
10年前のお嬢様との出会いを思い出して
自然と口元が緩む。
きっとまた日も登らないうちから仕事をしているのであろう。
美味しい紅茶を持って行こう。
「お嬢様おはようございます」
「ユウリおはよう」
んーっと伸びをする。
「仕事ですか?」
「いやちょっと調べ物をね」
そういうと年季の入った栞を書物の間に挟む。
「それ、まだお持ちなんですね」
ローズマリーの花を押し花にしたものだ。
当時の鮮やかな紫色とは程遠く色褪せている。
「だって、ユウリが私にはじめてくれたものでしょ。
私にとっては特別なんだよ」
頬杖をつきながら笑う。
なんだが気持ちがくすぐったくなる。
「新しいの贈りますから。そちらはもう捨ててくださいよ」
うーん、それはなぁーと曖昧な返事をしながら栞を指でなぞる。
「ねぇ、あの時私に言ってくれた言葉まだ覚えてる?」
当時私が渡したローズマリーの時に伝えた言葉だろう。
忘れる訳ない。
「もちろんですよ。
昔も今もお嬢様への気持ちは変わりません。
貴女が望んでくださるその時まで、私は貴女の執事として忠誠を誓います」
一瞬、部屋の空気が静まった。
朝の光が窓から差し込み、書物の背表紙を淡く照らしている。
お嬢様は目を瞬かせ、それからゆっくりと笑った。
「……相変わらず、真面目すぎるんだから」
そう言いながらも、頬がほんのり赤くなっているのを見逃さなかった。
指先で栞を閉じ、そっと胸元に抱える。
「でもね、ユウリ」
椅子から立ち上がり、窓の外に目を向ける。
庭園では、朝露を受けた花々がきらきらと光っていた。
「“その時まで”なんて言わなくていいよ。
私は――今も、これからも、ユウリが側にいてくれると思ってる」
振り返るその表情は、かつての少女の面影を残しながらも、確かな決意を宿していた。
「それに、忠誠って言葉だけじゃ足りないくらい、頼りにしてるんだから」
ユウリは一歩下がり、静かに頭を下げる。
「光栄です。
お嬢様が進む道がどれほど険しくとも、私は変わらずお傍におります」
「ふふ、じゃあ――」
お嬢様はあの日と変わらない笑顔で微笑む。
「今日も一日、よろしくね。私の執事さん」
柔らかな朝の光の中で交わされる、何気ない言葉。
けれどそこには、10年前と変わらない確かな絆があった。
色褪せたローズマリーの栞は、今日も書物の間で静かに息づいている。
忠誠は、思い出ではなく――今も続く誓いとして。