夜明けが世界を染めるころ
それから数日後。
私は、ある小さな違和感を掴んだ。

始まりは、宝石商の帳簿だった。
表向きには何の変哲もない取引記録――だが、同じ等級、同じ大きさの宝石が、不自然な頻度で競売に回されている。

しかも、落札者の名はどれも曖昧だった。
代理人、名義貸し、あるいは記録そのものが伏せられているものもある。

私は帳簿を閉じ、静かに息を吐いた。
偶然にしては、出来すぎている。

決定的だったのは、その夜だ。

給仕として控えていた小規模な夜会。
酔いが回った貴族の一人が、ふとこんな言葉を漏らした。

「……次は“羽化”の夜だそうだ」

周囲は笑って聞き流していたが、私は違った。
“羽化”――蝶を連想させる言葉。
そしてその直後、別の客がさりげなく問い返した。

「場所は?」
「南の温室だ。合言葉は……白い蝶」

その瞬間、背筋に冷たいものが走った。

南の温室。
蒼紋ラピスラズリ伯爵家からだいぶ外れ、今は使われていない旧貴族の離宮。
過去に何度も所有者が変わり、現在は名目上“閉鎖中”のはずの場所だ。

私はその場では何も反応を示さず、グラスを下げながら記憶に刻み込む。
夜会が終わる頃には、確信に近いものが胸にあった。

――蝶の会は、実在する。
そして、宝石は“招待状”であり、“鍵”だ。

後日、裏の情報屋からも一致する話が上がった。
最近、南の温室周辺でだけ、
・夜間の馬車の往来
・仮面商人の目撃
・身元不明の警備兵

が確認されているという。

私は1人、資料を並べながら静かに考える。
ここまで揃えば、偶然ではない。

だが――
この情報を、そのままお嬢様に伝えるべきか。

危険すぎる。
しかし、彼女なら踏み込む。
止めても、きっと別の形で辿り着いてしまうだろう。

私はそっと拳を握りしめた。


蝶の会。
その羽音が、すぐそこまで迫っているのを、私は確かに感じていた。
< 133 / 508 >

この作品をシェア

pagetop