夜明けが世界を染めるころ
仮面の男は、すぐには答えなかった。
ワイングラスを傾け、赤い液体の揺れを見つめている。

「ご教授ね…」

やがて、くつりと小さく笑う。

「だが、知識というものは一方的に与えるものじゃない。
——君は、僕に何をくれる?」

探る視線。
こちらの意図を測るような沈黙、対価を出さなければ何も得られないということか。
それもそうだ。
タダで手に入れるものなんてない。
私は手袋を外し、指輪をとる。

「……こちらを」

仮面の奥の視線が、鋭くこちらを射抜く。
持っていたワイングラスをウェイターに預け指輪を受け取る。

「これは?」


「貴重な指輪です。金額にすれば相当な物になります。
何よりこの細工と輝きは唯一無二のもの。
他と同じものは一つもありません。
なぜならこの指輪はもう亡くなった有名な方の作品です」

そう私が渡した指輪には、大きなピンクサファイアと細かで精巧な作りをしたもの。

指輪をまじまじと見つめる仮面の男。

「……なるほど。確かに、本物のようだ」

仮面の男は指輪を光にかざし、静かに言った。

「だが、理解しているかな。
これほど貴重なものを差し出しても——
君が望む情報を得られるとは、限らない」

試すような声。
最後の確認のようでもあった。

「それでも構いません」

私は視線を逸らさずに答える。

「得られなかったのなら……
それは、私が“貴方を見る目を持っていなかった”というだけのことですから」

一瞬の沈黙。

そして——

「……クッ」

仮面の男が、堪えきれないように短く笑った。

「随分な言い草だな。
だが、嫌いじゃない」

指輪を懐へしまい、決然と言う。

「いいだろう。
これは確かに、受け取った」

彼は踵を返し、こちらを振り返る。

「部屋で話そう、ついてきて」

その言葉を、聞き覚悟を決める。
もう戻れない…
階段を上がる途中で私を探すセナを見つけ目が合う。

セナにわかるよう自分の髪を耳にかけ左の耳飾りを触る。
ー待機指示ーを出す。
逆に反対側を触れば支援要請ということにしてある。
セナはかすかに頷く。

それを確認し、私は目の前の仮面の男について行く。
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