夜明けが世界を染めるころ
自室で、朝から読み書きの練習をしていた。

ぎこちない文字を、
何度も、何度もなぞる。

集中していると――
コンコン、とはっきりとしたノック音がした。

「……?」

扉を開けると、
見慣れない男が立っていた。
コーラルオレンジの髪にいかにも明るい。
俺と正反対なやつ。


「おはよう。俺はレオ」

短く名乗って
俺の反応を待つことなく言葉を続ける。

「あんた、あんまり太らないだろ。
それでお嬢さんが心配してた」

そう言って、
彼は手に持っていた盆を、
部屋の中の机に置いた。

温かい匂いが、ふわっと広がる。

「食事、持ってきたからな」

それだけ言って、
レオは踵を返す。

「……あ、あの」

声をかける間もなく、
扉は静かに閉まった。

机の上には、
ちゃんとした食事があった。

湯気の立つスープ。
柔らかそうなパン。
彩りのある副菜。

……食べて、いいのだろうか。

俺は、しばらく立ち尽くしたまま、
それを見つめる。

(でも……)

まだ、俺はお嬢様の騎士じゃない。
正式な団員でもない。

頭の奥で、
昔の声が蘇る。

【何もしてないやつに、
 食うもんなんかある訳ないだろ】

……そうだ。

今の俺は、
何も成していない。

だめだ。

そう思って、
食事から目を逸らした。

(とりあえず……剣を振ってこよう)

身体を動かしていれば、
余計なことを考えずに済む。

それから、
扉の前に食事が置かれる日が続いた。

朝。
昼。
時々、夜も。

たぶん、
あのレオという男が置いていっている。

でも、
俺は一度も手をつけなかった。

何も成せていない俺が、
こんなものを食べていいわけがない。

水を飲んで、
庭の端で見つけた野草を口にする。

慣れている。
これくらいなら、平気だ。

そうして――
3日目の朝になった。

立ち上がろうとして、
少し、視界が揺れた。

(……疲れてるだけだ)

そう自分に言い聞かせて、
剣を取りに行こうとする。

その時。


< 175 / 519 >

この作品をシェア

pagetop