夜明けが世界を染めるころ
「テオ、入るよ?」

扉は開いていた。
私は静かに中へ足を踏み入れる。

机とベッドだけの、簡素な部屋。
余計なもののない、彼らしい空間。

ベッドの上では、テオが腰をかけ、
布団を被って小さく丸くなっていた。

……顔が見えない。

胸の奥が、ちくりと痛む。

そっと近づく。

「テオ、隣に座ってもいい?」

布団の向こうで、小さくこくんと頷く気配。

テーブルにサンドイッチの入ったカゴを置き、
私は彼の隣に腰を下ろした。

「どうしたの?
セナが心配してたよ」

返事はない。

――どう声をかければいいのだろう。

叱りたいわけでも、責めたいわけでもない。
ただ、話してほしいだけなのに。

「お腹、空いてない?
私が作ったの。レオも手伝ってくれたんだけど」

「……あとで食べる」

かすれた声。

拒絶ではない、その曖昧さが、胸に刺さる。

「調子、悪い?
熱でもある?」

そっと額に手を伸ばす。

熱はない。

安堵して手を下ろそうとした、その瞬間――
不意に手首を掴まれ、体勢が崩れた。

気づけば、ベッドの上。

驚きに息を呑む。

近すぎる距離。
真正面から見たテオの顔は、思っていた以上に弱々しくて――

私は思わず、その頬に手を伸ばしていた。

「……どうして、そんな泣きそうな顔をしてるの?」

震える声で、そう尋ねる。

強い騎士のはずのテオが
今にも泣き出してしまいそうな瞳で、
ただ黙って、私を見つめ返していた。

「お嬢さま……結婚、するの?」

「すぐにはしないわ」

「でも、いつかはするんでしょ?」

「うーん……まあ、いつかはね。
それも、ラピスラズリ伯爵家に生まれた者の務めだから」

一瞬、彼の指先が強張った。

「……そしたら、お嬢さまは俺を捨てるの?」

その言葉に、胸がきゅっと締めつけられる。

頬に触れていた私の手に、
テオがそっと自分の手を重ねた。

――ああ、そういうことだったのね。

何をそんなに不安そうな顔をしているのかと思っていたけれど、
彼はずっと、私が遠くへ行ってしまう未来を怖れていたのだ。

「捨てるなんて……そんなこと、しないよ」

そう答えながらも、喉の奥が少しだけ苦しくなる。

「テオ、今の生活はどう?
……好き?」

「……好きだよ。この生活が」

迷いのない声。

「お嬢さまが、いてくれるから」

その一言が、胸に深く突き刺さる。

「でも……もし、お嬢さまがいなくなったら。
俺、ここにいる意味なんて……ない」

私の手を握る力が、徐々に強くなっていく。

騎士団員たちが思わず身構えるほどの、その手。
けれど今は――

頼りなく、怯えるように、
小さく震えていた。

< 190 / 508 >

この作品をシェア

pagetop