夜明けが世界を染めるころ
「……お父様は嘘をついてたってことね」

自分でも驚くほど、声は冷静だった。
感情が追いついていないせいか、それとも――
もう、どこかで覚悟していたのか。

「そうなります」

ユウリは否定しなかった。
その一言が、何よりも重い。

「私はずっと……」

言葉が、途中で止まる。

――家族は、嘘をつかないものだと。
少なくとも、私を守るための嘘なのだと。

そう信じていた。

「私はずっと、お父様は私を遠ざけているだけだと思ってた。
危険な世界から、守るために……」

カップに残った紅茶は、すっかり冷めている。
けれど、口をつける気にはなれなかった。

「でも、違った」

その言葉にした途端、胸の奥で何かがひび割れる。

「……守っていたんじゃない」

ゆっくりと、息を吐く。

「隠していたのね。
私が“何であるか”を」

沈黙が、肯定の代わりに落ちた。

「……お父様は」

私は、視線を伏せたまま問いを形にする。

「どこまで関わっていたの?」

ユウリは、すぐには答えなかった。
視線を落とし、ほんのわずかな間を置いてから口を開く。

「少なくとも――
研究の存在を知らなかった、ということはありません」

その言葉で、十分だった。

「じゃあ……目的は?」

声が、自然と低くなる。

「研究者としての興味。
家としての力の維持。
あるいは――」

ユウリは、最後までは言わない。

「永続性、です」

不老。
不滅。
魔宝石と共鳴する“器”の存在。

頭の中で、書類の断片が次々と繋がっていく。

「……蝶の会」

私は、ぽつりと呟いた。

「ねぇお父様はそこにいた?」

「記録上は、はい」

蝶の会。
表向きは社交と取引の場。
だが実態は、魔法石研究を水面下で進める者たちの集まり。

「じゃあ――」

言葉が、喉で詰まる。

「お母様を、死に追いやったのは……」

父なのか。

直接、手を下さなくとも。
実験を止めなかった。
危険性を知りながら、黙認した。

それだけで、十分すぎるほどだった。

「断言は、できません」

ユウリは慎重に言葉を選ぶ。

「ですが、アイリス様が
“お嬢様を守るために自ら対象になった”ことを、
アドルフ様が知らなかったとは考えにくい」

胸の奥が、冷たくなる。

「……知ってて、止めなかった」

それは、答えと同じだった。

私は、ゆっくりと息を吸う。

「ねえ、ユウリ」

顔を上げる。

「もし、お母様が生きていたら……」

声が、わずかに震える。

「お父様を許したと思う?」

ユウリは、すぐには答えなかった。

やがて、静かに口を開く。

「……それでも、守ったでしょう」

その声には、迷いがなかった。

「お嬢様を。
最後まで」

私は、そっと目を閉じる。

母は、私を守るために死んだ。
父は、その事実を隠した。

そして今――
その“守られて残った命”が、再び狙われている。

ゆっくりと、目を開ける。

「だったら」

私は、はっきりと決めた。

「お父様が何を考えていようと関係ない。
蝶の会が、王が、研究者が――」

胸の奥から、言葉を掬い上げる。

「私は、私を使わせない」

ユウリは、深く頭を下げた。

「そのために、私はここにおります」

個室の外から、食器の触れ合う音が聞こえた。
何も変わらない、いつもの街の音。

けれど、私の中では確かに何かが終わり、
そして始まっていた。

――もう、戻れない。

そう理解した瞬間だった。
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