夜明けが世界を染めるころ
子どもたちに何度も手を振られながら、家を後にした。
名残惜しそうにこちらを見るセナの母に軽く頭を下げ、私たちは馬車へ戻る。

扉が閉まり、馬車が走り出すまで、セナは一言も発しなかった。

——あ、これは。

「……お嬢様」

低く、抑えた声。

「はい?」

わざと何も気づいていないふりをすると、セナは小さく息を吐いた。

「どうして、あんな高価なものを子どもたちに?靴に、ドレスに、図鑑まで……」

視線は前を向いたまま。
けれど声色には、明らかな動揺があった。

「怒ってる?」

「……怒ってます」

即答だった。

「あなたは、身分というものをもう少し自覚してください。俺の家族に、ああいう贈り物をする意味が、どう受け取られるか……」

珍しく言葉が多い。
それだけ、本気なのだろう。

「重すぎる?」

私がそう返すと、セナは一瞬言葉に詰まった。

「……優しすぎるんです。あなたは、簡単に人の人生に残ることをする」

その言葉に、思わず笑ってしまう。

「それ、褒めてる?」

「褒めてません」

きっぱり否定される。

「……でも」

少し間を置いて、声が和らいだ。

「母も、子どもたちも……本当に喜んでいました。ありがとうございました」

そう言って、深く頭を下げる。

「なら、いいじゃない」

私は窓の外に目を向けた。

「セナが守ってきたものを、私も大事にしただけだよ」

「そこまでしなくても。俺が選んだ道です。」

「それでもだよ」

再びの沈黙。
セナには感謝している。私を選んで支えてくれてること。
専属騎士は主人のために命をかけなくてはいけない。
そうならないように私は…


「……次からは、事前に言ってください」

「えー、サプライズの意味なくなるじゃん」

「なくなってください」

即答だった。

馬車は日が完全に落ち、街路の灯りがぽつぽつと道を照らし始めたころ、馬車はゆっくりと帰路にむかう。
車輪が石畳を転がる音だけが、夜の静けさに溶けていく。
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