夜明けが世界を染めるころ
「ねえ……殿下ぁ」
少し間延びした声で呼ぶ。

「あなた、サーフェス……でしょ?」

「誰だい、それは?」
いつもの、はぐらかす声。

「見た目や声は変えられても……人の癖は、そう簡単には変えられないものですよ、殿下」

殿下は何も言わない。
だから、私はそのまま続ける。

「私、馬の見分け方も得意なんです」
ふにゃっと笑って指を立てる。
「伯爵家で所有している馬の名前、全部間違えずに言えますよ」

「へぇ、それはすごいね」

そう言いながら、殿下は自然に腕を組んだ。

――きた。

「……それですよ、殿下」

私はくすっと笑い、殿下の腕へ視線を落とす。

「人を試すとき、殿下は必ず一度腕を組んでから、人差し指で“トン”って叩くんです。無意識でしょうけど……考えを測るときの癖」

その瞬間、殿下の指が止まった。

ほんの一拍。
でも、それだけで十分だった。

「……そこまで見ているとは思わなかったな」

意味深に笑いながら、ゆっくりと腕を解く。
まるで、その癖を指摘されたこと自体が痛手だったみたいに。

「見た目や声は誤魔化せても……長年染みついた仕草までは変えられないんです」
私は、静かに言い切った。

殿下は小さく息を吐き、苦笑する。

「はは……まいった。確かに、君の言う通りだ」

一拍置いて、視線をこちらに戻す。

「さすがだよ、ティアナ嬢――いや、ルナ」

その呼び方に、もう探る色はない。

私は少しだけ距離を詰める。
酔っているから、ということにして。

「ねえ、サーフェス」
声は柔らかいのに、言葉は逃がさない。

「あなた、私と共闘しないかって言いましたよね」

「ああ、言ったね」

「……でも」
私は小さく首を振る。

「私、自分の命を大事にしない人とは嫌です」

殿下の表情が、わずかに揺れる。

「いい加減……本音で話してください」
胸元を、指で軽く押すようにして。

「それから――自分を大切にすると、誓ってください」

ふわふわしているのに、退く気はない。
酔っているからこそ、誤魔化さずに言えた言葉だった。
< 258 / 508 >

この作品をシェア

pagetop