夜明けが世界を染めるころ
湯気の立つカップを両手で包みながら、私はソファに腰を下ろした。
紅茶の香りが、書斎の空気をやわらかくほどいていく。
ディランは向かいではなく、隣に座った。
さっきのうたた寝の名残のような、近すぎない距離。
カップが触れ合う小さな音だけが、静かに響く。
「……美味しい」
「それはよかった」
彼は少しだけ目を細めた。
しばらくは、他愛もない話をした。
訓練のこと、体調のこと、
笑い声が一度、二度。
そのあと――
ふっと、空気が変わった。
ディランはカップを置き、視線を落とす。
指先が、無意識に縁をなぞっていた。
「……ティアナ」
名前を呼ばれただけで、胸が静かに鳴る。
「聞いてくれるか」
少しだけ、間。
命令でも、王子としての口調でもない。
「……少し、重い話だ」
私は一瞬だけ迷ってから、うなずいた。
「うん。大丈夫」
その答えに、彼はほんのわずか安堵したように息を吐く。
「ありがとう」
沈黙。
窓の外で、夜風が木々を揺らす音がした。
「……君が湖に入った日」
低く、静かな声。
「あの日、戻ってきたあとで――
マルクと話していた」
私は黙って聞いている。
「その時 兄の話を思い出したんだ」
カップを持つ手が、少しだけ強ばる。
「俺には、7つ上の兄がいる」
「……とても優秀な人だった」
ぽつり、ぽつりと語られる言葉。
「剣も、学問も、人の扱いも。
何でもそつなくこなす」
「人格も、能力も……」
一度、言葉を探すように間が空く。
「王としての資質は、俺よりはるかに上だった」
夜の静けさが、言葉を重く受け止める。
「それなのに」
彼は、かすかに笑った。
自嘲とも、諦めともつかない笑み。
「瞳の色が違うというだけで、
王位継承権から外された」
エメラルドではない、その瞳。
「……俺より、よほど出来た人間だったのに」
そう言って、ディランは初めて私を見る。
その瞳には、怒りも恨みもなかった。
ただ、長い時間抱えてきた静かな痛みだけがあった。
「……誰にも、言ったことがなかった。
君の前だと……なぜか、隠さなくていい気がした」
紅茶の香りが、書斎の空気をやわらかくほどいていく。
ディランは向かいではなく、隣に座った。
さっきのうたた寝の名残のような、近すぎない距離。
カップが触れ合う小さな音だけが、静かに響く。
「……美味しい」
「それはよかった」
彼は少しだけ目を細めた。
しばらくは、他愛もない話をした。
訓練のこと、体調のこと、
笑い声が一度、二度。
そのあと――
ふっと、空気が変わった。
ディランはカップを置き、視線を落とす。
指先が、無意識に縁をなぞっていた。
「……ティアナ」
名前を呼ばれただけで、胸が静かに鳴る。
「聞いてくれるか」
少しだけ、間。
命令でも、王子としての口調でもない。
「……少し、重い話だ」
私は一瞬だけ迷ってから、うなずいた。
「うん。大丈夫」
その答えに、彼はほんのわずか安堵したように息を吐く。
「ありがとう」
沈黙。
窓の外で、夜風が木々を揺らす音がした。
「……君が湖に入った日」
低く、静かな声。
「あの日、戻ってきたあとで――
マルクと話していた」
私は黙って聞いている。
「その時 兄の話を思い出したんだ」
カップを持つ手が、少しだけ強ばる。
「俺には、7つ上の兄がいる」
「……とても優秀な人だった」
ぽつり、ぽつりと語られる言葉。
「剣も、学問も、人の扱いも。
何でもそつなくこなす」
「人格も、能力も……」
一度、言葉を探すように間が空く。
「王としての資質は、俺よりはるかに上だった」
夜の静けさが、言葉を重く受け止める。
「それなのに」
彼は、かすかに笑った。
自嘲とも、諦めともつかない笑み。
「瞳の色が違うというだけで、
王位継承権から外された」
エメラルドではない、その瞳。
「……俺より、よほど出来た人間だったのに」
そう言って、ディランは初めて私を見る。
その瞳には、怒りも恨みもなかった。
ただ、長い時間抱えてきた静かな痛みだけがあった。
「……誰にも、言ったことがなかった。
君の前だと……なぜか、隠さなくていい気がした」