夜明けが世界を染めるころ
私は、久しぶりにディランの執務室を訪れた。

「失礼いたします」

「どうぞ」

扉を開けると、机に向かう彼が顔を上げる。

「やあ。調子はどうだい?」

「だいぶ良いです」

一歩進み、微笑んで続けた。

「ディラン……いえ、殿下はお疲れのようですね」

その呼び方に引っかかったのか、
彼の表情が一瞬だけ曇る。

「まあね。色々、片付けることが多くて」

肩をすくめ、苦笑した。

「本当は君のところへ顔を出したかったんだけど」

「だめです」

即座に、レイさんが口を挟む。

「仕事が山ほど残っておりますので」

「……そういうことだ」

ディランは観念したように笑った。

私は一度、息を整える。

「殿下……目的は、達成されましたよね」

「ああ。ガイルの件は片付けた」

「真実は伏せる形になるが、
 君の力のことを考えれば――それが最善だ」

「……ご配慮、ありがとうございます」

深く頭を下げる。

「なんだか、他人行儀だな」

不満そうな声。

「殿下……」

呼びかけてから、覚悟を決めた。

「私と――婚約破棄をしましょう」

「……ん?」

にこやかなまま、
ディランの表情がぴしりと固まる。

「殿下……」

「待て、レイ。何も言うな」

深いため息。

「……はああ」

彼は椅子にもたれ、じっとこちらを見つめた。

「そんなに、私が嫌いかい?」

エメラルドの瞳が、かすかに揺れる。

私は、ふっと息を吸った。



「私……ディランのこと、好きですよ」

そう言って微笑み、背を向ける。

「ちょっ、今のはどういう意味だ!?」

珍しく慌てた声が背後から飛ぶ。

「行きましょう、ユウリ」

「はい」

ユウリが微笑み、静かに後に続く。

追いかけようとしたディランだったが――

「殿下!!」

執務室の扉が一斉に開いた。

「どこへ行くおつもりですか!?」

「まだ本日の決裁が残っております!」

オーウェン団長を筆頭に、
補佐官や騎士たちが雪崩れ込んでくる。

「……君たち、待て」

虚しい抵抗。

私は振り返らず、廊下へ出た。

(王子って、大変だな)

背後で上がる悲鳴混じりの声を聞きながら、
久しぶりに、少しだけ――笑った。
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