夜明けが世界を染めるころ
この辺が良さそうね。
古書のページをめくっていると、ふと店内の空気が微かに変わったことに気づいた。

「おや、偶然だね。ティアナ嬢」

目深にフードを被った人物が、柔らかな口調で声をかける。フードで顔ははっきり見えないが、それでも隠しきれない気品と美しさが漂う。

ふと視線を上げると、フードの隙間から覗くエメラルドの瞳と目が合った。思わず胸がざわつく。まさか、こんなところで会うとは…。

「殿下。なぜこんなところに」

「珍しい書物が入るから、たまに来るんだよ。今日は仕事のついでで少し寄ったんだが、君に会えるとはついてるね」

微笑む殿下。その笑顔は柔らかく穏やかで、誰もが心を許しそうになる魅力を持っている。

「また、そのようなことを」

思わず自分も微笑み返す。

ディラン・アレキサンドライト殿下――
双輝アレキサンドライト国の第一王子。
眩しいほどの金髪と整った顔立ち、柔らかく穏やかな口調と態度で、数えきれないほどの女性を魅了している。

そして私は、この王子が苦手だ。
穏やかそうに見えて、その腹の中は真っ黒だから。頭の回転が早く、計算高く、不利益を被る者に容赦がない。何を考えているか全く読めない、だから気味が悪い――そんな直感が、今も胸の奥でざわつく。

ユウリも静かに視線を走らせている。
店内の空気が一瞬だけ、微妙に張り詰める。

私はは心の中で、小さくため息をつく。美しい笑顔の裏に潜む計算を知りつつも、この場では普通に振る舞わなければならない――そんな緊張感が、自分を少しだけ硬直させていた。

「こんな場所で、珍しい書物でも探しているのかな」
殿下が軽く視線を巡らせ、静かに言う。その声は柔らかいが、どこか鋭さを含んでいる。

「ええ…少し調べたいことがあって」
冷静を装って答える。胸の奥で、小さな警戒心がぴくりと動く。

「なるほど…君がそういうことに興味を持つとは思わなかったな」

微笑む殿下の瞳が、薄く揺れる光を帯びる。思わず目を逸らしそうになるが、ここで動揺を見せれば、計算高い王子に付け入られる――そんな直感が働く。

「実は、少し変わった宝石に関する記録を探していて…」

私は言葉を選ぶ。

「宝石?」

殿下が興味深げに眉を上げる。フードの下の表情は読みづらいが、瞳には確かな好奇心が宿っている。

「ええ。人の心に影響を及ぼす…という話がありまして」

言い切ると、殿下の視線が少し強くなる。微笑は崩れず、しかし内に計算が潜む気配。

「なるほど、面白いね。君が調べているのは、ただの伝承ではなく、現実に影響を及ぼした例かもしれないと?」

私は軽く頷く。胸の奥で、不気味な感覚がぞくりと背筋を凍らせる。
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