夜明けが世界を染めるころ
「なるほど。いま騒がれてる宝石事件のことかな。宝石を持ったものが人が変わったようになる話だね」
「ええ」
王国騎士団に引き継がれた事件を調べていると思われてはまずいと思ったが、下手に嘘をついてもこの人には無駄だ。なら素直に白状した方がまだいいだろう。
私の心のうちを察してかわからないが特に咎める事なく話を続ける。
「ならこの本がおすすめかな」
そう言うとディラン殿下が本を差し出す。
「ありがとうございます」
お礼を言い恐る恐る受け取り、殿下の視線を意識しながらページをめくる。古い文字が並ぶ頁には、確かに宝石や心にまつわる記録が記されていた。
「ティアナ嬢は昔から勉強熱心だよね。よく書物を読んでいたし、剣術も続けているのかな」
「殿下ほどではないですよ。趣味の延長みたいなものです」
微笑みを返しながらも、胸の奥では警戒心がちらつく。
蒼紋ラピスラズリ伯爵家は双輝アレキサンドライト国の配下にあるため、定期的に交流があり、殿下の主催するパーティにも参加していた。
その際には顔を合わせ軽く挨拶を交わしていたが、それだけの関係でしかない。
それでも、こうして偶然に出会うと、殿下の穏やかな態度や笑みの裏に潜む計算の匂いが、どうしても心に影を落とす。
目の前に広がる書物のページと、殿下の視線――2つの刺激が交錯し、胸の奥に微妙な緊張感を生み出す。
私はは小さく息をつき、ページに目を戻す。
だが同時に、心の片隅では、殿下が静かに、しかし確実に圧力をかけているのを感じていた。
集中できないな…
「…あの、この本私に譲っていただけませんか?」
断られるかもしれないのを承知でお願いしてみる。
「もちろん構わないよ。一通り目を通したから。ティアナ嬢に譲ろう」
さらりと言ってのける殿下に、内心で小さく舌を巻く。
さすが天才肌――一通り目を通しただけで、内容の大半を記憶してしまうと聞いている。
本人がそう言うのなら、有り難く頂戴するまでだ。
「ありがとうございます」
「それよりも…この件にはあまり首を突っ込むことはオススメしないよ。私は君の傷つくところは見たくないからね」
心配されているというより、これは’警告’だ。
「重々承知してます。お気遣いありがとうございます」
微笑みながらお礼を口にする。
何か言いたげな様子だったが気づかないふりをする。