夜明けが世界を染めるころ
ティアナの言葉にみるみると怒りで赤くなるバルト男爵。

「なんだ!おまえは!!」


「申し遅れました。ティアナ ラピスラズリ。
伯爵家の娘よ」

その名を名乗った瞬間、空気が変わった。

工場の正門前。
昼間の稼働時間――労働者たちが行き交う、逃げ場のない場所。

ティアナは小さな身体で、堂々と前に立っていた。
その背後には、執事と、数名の騎士たち。

逃げも、誤魔化しも、許されない布陣だった。

「本日ここに来たのは、
この工場で長年行われてきた不正と隠蔽について、
公に確認するためです」

ティアナの声は、はっきりと響いた。

ざわつく人々。
男爵は顔を引きつらせながらも、強気を装う。

「証拠はない!
今の署名だって燃えて消えてしまったんだから」

だが、その声を遮るように――

「俺たちも、証言するぞ!!」

誰かが、叫んだ。

1人ではなかった。

「俺もだ!」
「俺も怪我をして捨てられた!」
「事故は全部、隠された!」

次々と、声が上がる。

震えながら。
それでも、はっきりと。

俺は、その光景を見て、胸がいっぱいになった。

(……無駄じゃ、なかった)

燃やされた紙は、確かに消えた。
でも――
言葉は、消えなかった。

人の記憶も、怒りも、悔しさも。

ティアナは、その声一つ一つに、静かにうなずいた。

「聞きましたね」

騎士たちが一斉に動く。

男爵は、もう何も言えなかった。

俺は、拳を握りしめたまま、前を見ていた。

父の怪我。
家族の不安。
あの日の屈辱。

全部が、この瞬間につながっていた。

ティアナは、ちらりと俺を見た。
小さく、でも確かに微笑んだ。

(これが……“今”だったんだな)

12歳の俺でも、
8歳のお嬢様でも。

声を集めれば、
世界は――動く。

そして俺は、その場で初めて思った。

いつか、
誰かの声を守る側に立ちたい、と。
< 95 / 508 >

この作品をシェア

pagetop