夜明けが世界を染めるころ
男爵が連行されたあと、工場は一時、完全に稼働を止めた。

重い機械音が消え、
あれほど騒がしかった場所が、嘘みたいに静かになる。

人々は最初、戸惑っていた。
仕事がなくなる不安。
明日への恐怖。

けれど、数日後――
伯爵家の名で、新しい管理者が派遣された。

「まずは、整備だ」

機械はすべて止められ、
壊れた部品は交換され、
危険な工程は見直された。

「事故は報告する。隠さない」

その言葉は、街にゆっくりと広がっていった。

解雇された者たちにも、声がかかった。

「戻りたい者は、戻っていい」

父も、その一人だった。

怪我が完治するまでは軽作業。
治療費は、正式に支払われた。

母は、ようやく安心した顔で眠るようになった。

街も、少しずつ変わった。

人々は、俯いて歩かなくなった。
噂話は減り、代わりに、
「声を上げれば届く」という実感が残った。

俺は、工場の前に立ち、
騎士たちの動きを眺めていた。

無駄のない動き。
誰かを威圧するためじゃない。
守るための力。

――あの日。

証言が燃やされたとき、
俺は、ただ睨むことしかできなかった。

怒りはあった。
力は、なかった。

「……強くなりたい」

気づけば、そう呟いていた。

背後から、足音。

「それは、“剣が振れる”って意味?」

ティアナだった。

「違う」

俺は首を振る。

「声を、守れる力だ」

彼女は少し驚いたように目を瞬かせ、
それから、静かに笑った。

「いい志ね」

俺は、工場を見つめたまま続ける。

「力がなきゃ、正しさは踏みにじられる。
でも、力だけでも駄目だ」

あの男爵は、力を持っていた。
けれど、守る気なんてなかった。

「俺は……
誰かの声が燃やされそうになったら、
前に立てる人間になりたい」

しばらくの沈黙。


俺は、拳を握った。

――あの日、ナイフを抜きかけた自分を思い出す。

あれは、守る力じゃなかった。
壊すだけの衝動だった。

「俺騎士なる」

そう答えたとき、
不思議と迷いはなかった。

「絶対に」

ティアナは、満足そうにうなずいた。



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