余命2ヵ月のわたしを愛した死神

そのドアのドアノブに手を掛け、ドアを開ける雨城さんは、部屋の電気を点ける。
すると、その部屋の奥にアップライトピアノが置いてあるのが見えた。

「あっ、ピアノあるんですね。」

わたしがそう訊くと、雨城さんはこちらを振り向き、「この部屋は防音にしてあるんですよ。」と言って、部屋の中へと進んで行った。
そして黒く光るアップライトピアノの元へ歩み寄って行き、鍵盤蓋を開ける。

わたしも遠慮がちに部屋の中に足を踏み入れると、そっと雨城さんへ歩み寄り、近くでアップライトピアノを見せてもらった。
学校の音楽室で見た事があるくらいで、全くピアノが弾けないわたしには、あまりにも新鮮で胸がワクワクして跳ね上がるのを感じた。

「ここで弾いたりもするんですか?」
「たまに弾きますよ。何か弾きましょうか?」

雨城さんはそう言いながらピアノの椅子を引き、腰を下ろした。

「えっ、弾いてもらえるんですか?」
「リクエストがあれば、いいですよ。」

わたしのリクエストでピアノを弾いてもらえる。
そんな経験をした事が無いわたしは、胸のワクワクが止まらなかった。

「じゃあ、やっぱり"最後の雨"ですかね。さっきも聴き入っちゃいましたけど、凄く素敵だったので。」

わたしが思わず本音を言うと、雨城さんは嬉しそうに微笑み「ありがとうございます。じゃあ、リクエストにお応えして。」と言い、ワイシャツを腕捲くりした。

それから、そっと鍵盤に手を添える。
その指先はやはり綺麗で、その手を見るだけで鼓動が高鳴るのを感じた。

雨城さんは自分のタイミングでそっと"最後の雨"を前奏から弾き始めた。

全身を使って奏でる雨城さんの"最後の雨"は、まるで歌うようで、不思議と脳内で歌声が再生されているように聴こえた。

今日のわたしの心が弱っているせいもあるが、その切ないラブソングが胸にストレートに刺さり、心が揺らぐのと同時に鼻の奥がツンとするのを感じた。
しかし、きっと心が弱っていない日だとしても、雨城さんが弾く"最後の雨"には、心を浄化させる作用があると思った。

なぜ、こんなにも心に響くように奏でられるのだろう。
雨城さんの醸し出す不思議な雰囲気と切ない音色に、わたしはすっかり心を奪われ、ピアノと一体になる雨城さんから目が離せなくなっていたのだった。
< 14 / 105 >

この作品をシェア

pagetop