余命2ヵ月のわたしを愛した死神
そして、丸々一曲分弾いたはずの約5分間はあっという間に終わりを迎え、わたしは最後の伸びた音が聞こえなくなってから、熱い拍手を鳴らせた。
部屋に響く、わたし一人の拍手の音。
雨城さんは椅子に座ったままこちらに身体を向けると、「ありがとうございました。」と言い、深い一礼をした。
「素敵でした。ずっと聴いていられるくらいに。」
わたしは熱くなる気持ちを抑えながらそう言うと、自然と零れ落ちてきた涙を指先で拭った。
泣くつもりは無かったのだが、雨城さんの"最後の雨"を涙無しで聴くのは無理だと思った。
雨城さんは椅子から立ち上がると、拍手をするわたしの姿を見て穏やかに微笑み「いつでも弾きますよ。」と言ってくれた。
「あっ、それから。雫さんは、この部屋を使ってください。」
穏やかな口調でそう言う雨城さんは、アップライトピアノが置かれている壁とは反対側の壁に置かれていたソファーへと歩み寄り、そのソファーを動かし始めた。
「これ、ソファーベッドなんですよ。」
そう言いながら、雨城さんは手際良くソファーからベッドへと変化させていく。
たった今、普通のソファーだと思っていた物があっという間にベッドへと変化していき、雨城さんはその横にあるクローゼットを開けると、そこから敷布団を運び出し、ソファーベッドの上に敷いてくれた。
「ありがとうございます。こんな素敵な部屋で眠れるだなんて嬉しいです。」
わたしがそう言ってる間に、寝心地が良さそうなベッドへと変身を遂げるソファーベッド。
雨城さんは「この部屋、気に入っていただけました?」と言うと、クローゼットを閉め、それからさっきまで雨城さんと一体になっていたアップライトピアノの鍵盤蓋を閉めていた。
さっきまでアップライトピアノばかりに気を取られて、他のものは目に入っていなかったのだが、改めてよく見てみると、6畳程のその部屋には、アップライトピアノとソファーベッドの他にお洒落な背の高いスタンドライトも置いてあり、天井から下がる球体の照明は可愛らしかった。
「はい、とっても。」
雨城さんの言葉にわたしがそう答えると、雨城さんは優しく微笑み、それから「あっ、そうだ。」と何かを思い出したかのように言った。
「明日着る服に困りますよね。今日の服、洗濯しておきましょうか。乾燥まで出来るので、明日には乾いていますよ。」
「えっ、そこまでして頂かなくても!」
「でも···、服、他にありませんよね?」
雨城さんにそう言われてしまい、(確かに···)と思ってしまう自分がいた。
明日は雨城さんの会社に見学に行く予定だ。
さすがに洗ってもいない同じ服を着て行くのは、気が引けてしまう。
「今は僕の服を貸しますから、その間に洗っちゃいましょう。」
わたしは自分が失態を連続している事に頭を抱えながらも「本当に申し訳ないです···」と呟き、結局は雨城さんのお言葉に甘える形となってしまった。