余命2ヵ月のわたしを愛した死神
「乾杯!」
そう言ってぶつかり合ったグラスの華奢な音が響いた。
賢司さんが注いでくれたノンアルコールのシャンパンは、甘口で爽やかなシャルドネの香りが鼻を通り、飲みやすかった。
そして目の前に運び出されてきたのは、どれも美味しそうな賢司さんの料理たち。
グリルチキンにアヒージョ、牛肉のピラフにタラのバターソテーなど、色鮮やかでどれも主役になれるような料理ばかりだ。
「そういえば、家の方は?良いとこ見つかりそう?」
シャンパングラスを持ちながら、賢司さんが言う。
わたしは口に入っていたタラのバターソテーを飲み込んだ後で「はい、通いやすそうなところに良い物件があって、そこにしようと思ってます。」と答えた。
「そう!良かったわぁ!」
「本当に賢司さんと雨城さんのお陰です。ありがとうございます。」
わたしはそう言うと、改めてお二人に感謝を述べた。
それから食事を始めて少し落ち着いたところで、雨城さんが「賢司さん、ピアノお借りしてもいいですか?」と言った。
賢司さんは「いいわよ〜!」と言いながら、口の周りをおしぼりで拭いていた。
スッと立ち上がる雨城さんは、わたしにアイコンタクトを取るように微笑み、わたしは「宜しくお願いします。」と軽く会釈した。
そして店内にあるグランドピアノの方へ歩み寄って行く雨城さんは、上着のジャケットを脱ぎ、それを近くのテーブルに置くと、ピアノの椅子を引き、そこへゆっくりと腰を掛ける。
わたしは、いよいよ始まる雨城さんの演奏に胸を高鳴らせながら、握り締める手を膝に置いた。
雨城さんは鍵盤蓋を上げると、一度こちらを向き、「では、雫さんのリクエストにお応えして。"最後の雨"です。お聴きください。」と言い、その綺麗な手を鍵盤に添えた。
それから雨城さんは、わたしの聞き惚れた"最後の雨"の演奏を始めた。
前奏から始まる切なく綺麗な音色に、わたしは雨城さんから目を離す事が出来なかった。