余命2ヵ月のわたしを愛した死神
「雨城さんには···、大切な人がいるんですよね?」
わたしは包丁を置き、静かにそう言った。
すると、わたしのすぐ後ろの耳元から雨城さんの「えっ?」と言う声が聞こえる。
それでもわたしは振り返らずに、そのままの状態で話を続けた。
「聞くつもりはなかったんですけど、休憩時間に、雨城さんが女性社員の方と話しているところを偶然聞いてしまって···。雨城さんには、大切な人がいると聞いたので···、それでわたし、雨城さんに大変失礼なお願いをしていたなって、」
わたしがそう言い掛けたところで、雨城さんが「ちょっと待ってください。」と、わたしの言葉を遮った。
そこでわたしは初めて、振り返り雨城さんを見上げる。
雨城さんは、今にも泣き出しそうな程に切なく複雑な表情を浮かべ、わたしを見つめていた。
「それは、雫さんの事ですよ?」
雨城さんがハッキリとした口調で言ったその言葉に、わたしは間抜けな表情で「···えっ?」と呟く。
(今、何て?)
ハッキリと聞こえたはずの雨城さんの言葉が、わたしには幻聴のように思え、もう一度訊いてしまいそうになる。
しかし、わたしがそれを言わなくとも、雨城さんはもう一度ハッキリと、わたしに同じ言葉を繰り返してくれた。
「あの時、僕が言った"大切な人"は、雫さんの事です。他に違う誰かが居るわけではありません。」
「えっ、わたし?···ですか?」
わたしの気の抜けたような問いに、雨城さんは「はい。」としっかり答えてくれる。
その瞬間、わたしの瞳からはドッと涙が溢れ出してきてしまった。
その事に慌てる雨城さんは「し、雫さん、どうしたんですか?」と珍しく、どうしたら良いのか分からずにいる様子だった。
「わたし、てっきり···雨城さんには大切な人がいて、それで、無理に恋人を演じさせてしまってると思って···」
涙声でわたしがそう言うと、雨城さんは切なくも優しい微笑みを浮かべ、「そんなわけないじゃないですか。」と言い、正面からわたしをそっと抱き寄せた。
わたしは途轍も無く安堵した。
その事から不安で一杯だった涙が溢れ、堪えていた分まで止め処なく零れ落ちていた。
「僕の大切な人は、雫さんだけですよ。だから、泣かないでください。」
そう言う雨城さんの口調は穏やかで、自分の勘違いが徐々に恥ずかしさへと姿を変えていく。
しかしわたしは、恥ずかしさを誤魔化す為に「泣いてません。これは、玉ねぎのせいです······」と無理な言い訳をし、雨城さんの胸に額をつけ、勘違いから赤面する顔を隠したのだった。