余命2ヵ月のわたしを愛した死神
「少しだけ、芽吹さんをお借りしますね。」
篠原さんにそう告げた雨城さんは、わたしに「行きましょうか。」と一言言ってから歩き出した。
そして、雨城さんが向かったのは、喫煙室の隣にある小休憩所だった。
小休憩所は自動販売機が並び、背もたれがついていない椅子が置いてある小さな部屋だ。
「申し訳ありません、仕事の邪魔をしてしまって。」
「いえ、大丈夫です。それで、何かありましたか?」
わたしがそう訊くと、雨城さんは口を噤み、珍しく返答に困っている様子だった。
そんな雨城さんの様子にわたしの頭の上にはクエスチョンマークが浮かぶ。
すると、雨城さんは一歩わたしに歩み寄り、そしてわたしの頬に触れてきた。
「···ただ、雫さんに会いたくなって、来てしまいました。」
そう言う雨城さんの言葉に、わたしは驚き、瞳孔を開かせる。
まさか雨城さんの口から、そのような言葉が出てくるとは思いもしなかった。
「えっ、わたしに···会いに来てくれたんですか?」
「はい···、少しだけ会って戻るつもりが···、雫さんが篠原さんと楽しそうに話してるのを見て、嫉妬してしまいました。」
少し照れくさそうにそう言う雨城さんは、情けないとでも言うように切ない笑みを浮かべ、わたしを見つめていた。
――――嫉妬してしまいました。
(雨城さんが、嫉妬してくれたの?)
そう思うと、わたしの顔から頭の天辺までが熱くなっていくのを感じた。
その時、遠くから人の話し声が聞こえて来て、それに反応した雨城さんは不意にわたしの手を引き、部屋の隅にわたしを包み込んで身を潜めた。
どこかの部署の男性二人が話しながら小休憩所を通り過ぎ、隣の喫煙室へ入って行ったようだった。
「危なかったですね。」
そう言い、いつもは紳士的な雨城さんが見せる少年のような微笑みに、胸がトクンと跳ね上がる。
気付けば、わたしは雨城さんに抱き締められているような形になっており、場所が社内という事もあり、何だか悪い事をしている気分で、それでも嫌な気はしなかった。
「悪い事をしているわけではないのに、つい隠れてしまいました。でも···、今は悪い事をしている気分です。」
雨城さんが小声でそう言い、悪戯に微笑む。
それに対してわたしも「わたしもです。」と言い、何だかおかしくなってクスッと笑ってしまった。
「···もっと、悪い事をしてもいいですか?」
わたしを見つめながらそう言う雨城さんは、わたしの頬に手を添えると、親指でクッと顎を少しだけ上へ上げた。
それから雨城さんは、顔の角度を変えながら顔を寄せ、鼻先が触れるくらいの距離まで近付くと、「僕は課長失格ですね。」と呟き、そっとわたしに唇を重ねてきた。
最初は雨城さんの大胆な行動に驚いたが、拒否を示すどころか受け入れてしまっている自分にも驚きつつ、わたしはゆっくりと目を閉じた。
感じるのは、雨城さんの薄くて柔らかい唇の感触だけ。
そしてそっと唇が離れたと思うと吐息が漏れ、雨城さんはわたしの額に自分の額をつけると、鼻先が触れる距離で見つめ合い、わたしたちは照れ笑いを浮かべた。