余命2ヵ月のわたしを愛した死神
「雫さん、一つ訊いておきたい事があるんですが、宜しいですか?」
すぐ後ろの耳元で響く雨城さんの穏やかな声に、わたしは密かに鼓動を跳ね上がらせながら「はい、何ですか?」と返事をした。
「雫さんの最期の日の前日、つまり、8月27日なんですが、その日はどうしましょうか?お休みを取って、何処かへ出掛けたり、何かご希望はありませんか?」
優しさを感じる雨城さんからの問い掛けに、わたしは小さく首を横へ振ると「いえ。」と答える。
そして続けて、こう答えた。
「前日は、いつも通りに過ごしたいです。朝起きたら、まず雨城さんの淹れてくれたカフェラテを飲んで、雨城さんの運転する車に乗って出社して、いつも通り仕事をして、仕事が終わったら雨城さんと一緒に帰宅して、二人でキッチンに並んで料理をして、食卓に向かい合って座って食べて···、夜寝る前は雨城さんの弾く"最後の雨"を聴いてから、雨城さんに包まれながら眠りたいです。」
わたしがそう言い終えると、雨城さんのわたしを包む腕に力が込められるのを感じた。
雨城さんはわたしを抱き締めると、わたしの右側の頬に顔を寄せ、「分かりました。」と静かに快諾してくれた。
そして、わたしはそっと雨城さんの吐息を感じる右側に顔を向ける。
すぐ傍にはゼロ距離程の雨城さんの整った顔があり、雨城さんの薄く潤む唇が視界に入ってきた。
そこから視線を上げると、その視線の先には雨城さんの優しくわたしを見つめる澄んだ瞳があり、その奥のチョコレート色をした瞳孔にはわたしを映し出していた。
雨城さんの優しげな顔を見ると、何だか穏やかな気持ちになっていき、それから途轍も無く甘えたい心情に襲われた。
お互いに何も言葉を発する事無く見つめ合う時が流れ、そこからどちらからとも無く顔を寄せ合い、顔の角度を変える雨城さんに合わせるように、わたしも顔を上げながら、雨城さんの頬に手を添えた。
自然と重なり合う唇は微かに冷たく、まだ身体の芯まで温まっていない事を知らせるようだ。
すぐに唇を離した短いキスだったが、お互いに目が合い、まだ足りないという気持ちを掻き立てられるかのような、雨城さんのその妖艶な瞳にわたしは頬に添えていた手を首の方まで伸ばした。
その瞬間にまるで我慢の糸が切れたかのようにお互いを求め合い、唇を重ねるわたしたちは、先程の、いや、今までのキスとは比べ物にならない程激しく、吸い付くようなキスを繰り返した。